晦−つきこもり
>二話目(真田泰明)
>A1

「哲夫、今の話を聞いて、何も思い出さないのか………………」
泰明さんは、うつむき加減で、呟くようにいった。
何か、怯えているようだ。

「えっ、何かな。泰明兄さん?」
哲夫おじさんは、まだ顔に笑みを残しながら、泰明さんに聞いた。
「今、正美がいった蝶や、洋館のことだよ………」
泰明さんは少し怒ったように言葉を放つ。
私は少し動揺した。

「正美、お前、とんでもない人と出会ったな………」
泰明さんは言葉を続け、正美おばさんを睨むように見つめた。
目は潤み、そして顔の筋肉が強張っているように見える。
「そうか、二人とも覚えていないのか………」
彼の表情は少しゆるみ、また少しうつむいた。

「まあ、あのことは忘れているほうがいいな………、この話は終わりにしよう………」
泰明さんの顔に、また笑顔が戻った。
私は気まずい雰囲気を打ち消そうとした。

「次は誰の番ですか、私がしましょうか。とっておきの怖い話があるんですよ」
しかし、私の言葉には何の反応もない。
「泰明さん、いったいあの蝶や、洋館が何だっていうのですの」
正美おばさんは怒ったように泰明さんを見る。

「いや、悪かった………。忘れてくれ」
泰明さんは、手を振って、そう否定した。
「気になるじゃありませんの」
正美おばさんはまだ怒っている。
「泰明さん!」
正美おばさんは珍しく、声を荒げて叫んだ。

「まあ、正美ちゃん、泰明兄さんが、思い出さない方がいいといっているんだからさ」
哲夫おじさんは正美おばさんをなだめた。
しかし彼女は怖い顔をして、哲夫おじさんを睨み返す。
すると哲夫おじさんは少し怯えた。

「に、兄さん………」
哲夫おじさんは泰明さんの方を助けを求めるように見る。
「………わかった………。まあ、今の話を聞くと、あの出来事から、俺達三人は逃れられないのかもしれない………」
泰明さんは哲夫おじさんと正美おばさんの争いを見て、諦めたように呟いた。

私は思った。
1.(いったい、三人が子供のときに、何があったのかしら)
2.(嫌な予感がするわ、話を聞かない方がいいんじゃあ)