晦−つきこもり
>三話目(前田和子)
>A6

「行きます……」
もう、後にはひけない気がする。
ここまで聞いて、終わりにはできない。
「私も行くわよ」
由香里姉さんが、私の肩をたたいた。

「そう、じゃあついてきて」
みんなで、和子おばさんの後を追う。
「葉子ネエ……」
良夫が手を握ってきた。
呼び捨てじゃなくなってる。
すがるような瞳。
何かに脅えているような……。

「よかった、葉子ネエが無事で」
……何なの?
いつも私のこと、からかうくせに。
どうしてそんな顔するのよ。
握られた手があったかい。
少し落ち着くような、かえって不安になるような。
変な気分だった。

私は黙って、和子おばさんの後を歩いた。
玄関から、表に出る。
庭には、地下へ続く階段の入口があった。
知らなかった。
こんな所があったんだわ。

「さあ、こっちよ」
促されて、一段一段下っていく。
良夫の手が、少し汗ばんできたような気がした。
階段の先には、ドアがあった。
和子おばさんが鍵を開ける。
ドアは、きしみながら開いた。

「和子おばさん、どこに神様がいるんですか?」
部屋の中は、がらんとしていた。
壁に、動物の剥製がかかっている。
ただそれだけだった。

「嫌あね、葉子ちゃん、よく見てよ」
和子おばさんは、静かに剥製を指差した。
「…………!」
動物の頭だと思っていた剥製は、男の首だった。
和子おばさんが、それを壁から外す。

剥製の下から、真っ赤な着物をきた、きれいな女性の肖像画が現れた。
「……美しいでしょう。この絵を始めて見た時、一瞬息ができなかったわ」
圧倒されて、声が出せない。
生々しい赤一色で描いてある。
髪の毛も、輪郭も、目も、すべて赤、赤、赤……!

「これは、江戸時代に書かれた絵なの。
ほら、この口紅の色。妙に艶っぽいでしょう。この絵ね、血を使って描かれたらしいわよ」
所々の赤が、どす黒く変色している。

和子おばさんは、絵を見ながら語り始めた。
……由香ちゃん、おばあちゃんがこう話したっていってたわよね。

私達が、ある神を崇めているって。
それから、信者はいけにえを用意するって……。
ふふ、皮肉がじょうずよね。
この話は、たぶんあなたたちが想像していたようなものじゃないわ。

おばあちゃんがいっていた神って、この絵のことだと思うの。
私達は、別にこんなの、崇めてやしないわ。
それどころか、囚われているという感じよ。
信者ですって?
冗談じゃないわ。
私達は……。

そうね、順を追って話すわ。
この絵の女性は、昔この辺りで評判の美人だったらしいの。
彼女の絵を描きたがった浮世絵師が何人もいたって。
でも彼女は、なかなか絵を描かせなかったんだって。
1.どうして?
2.絵、嫌いだったの?