晦−つきこもり
>三話目(前田和子)
>C7

ある意味では、そうだったかもしれないわね。
実は彼女の父親って、たいそうな美術愛好家だったらしくてね。
こういう絵を一番きれいに描いた者に、彼女を嫁入りさせるっていっていたのよ。
でも彼女は、そんな理由で結婚したくなかったの。

それで、どんな絵師がやってきても、追い返していたんだって。
そんなある日のことよ。
彼女、いきなり行方不明になってしまったの。
何日かして発見された時には、胸やお腹を裂かれて、血だらけになっていたんだって。
もちろん、息はなかったわ。

それでね、しばらくしてから、一人の浮世絵師が死んだんだって。
何が原因かはわからないんだけど。
その浮世絵師の家から、この絵が発見されたのよ。

……浮世絵師は、彼女を殺して、その血でこの絵を描いたって話よ。
胸やお腹の血を筆につけて。
冷たくなった彼女の顔を描いたの。
どうしてそんなことをしたのかはわからないわ。

彼女との間に、どんなやりとりがあったのかも。
彼女を好きになってしまったからか。
あるいは、芸術のためだったのか……。
ねえ、葉子ちゃん。

行方不明になっていた間、彼女はどんな目にあっていたのかしらね……。
……二人とも、ごめんなさい。
私達が儀式を行おうとしたのは、この絵を買ってしまったからなの。
前に友達の奥さんの家にお伺いしたら、素敵な絵があってね。

うちでも何か飾ろうかしらなんて、思ったのが間違いだったのよ。
良夫が二才くらいになった頃よ。
骨董品屋で薦められて、この絵を買ったの。
それから親戚が、続けて何人も事故にあったのよ。

亡くなった人もいたわ。
由香ちゃんは覚えているかしら。
葉子ちゃんは小さかったから、忘れているかもね。
……この絵、何かがあるんだって思ったわ。
それで、骨董品屋を問い詰めたの。

初めのうちはとぼけられたんだけど、何度も通って白状させたわ。
そうしたら、この話を聞かせられたのよ。
この絵から家を守るためには、それなりの代償が必要だって。
誰かをこんなふうに剥製にして、守り神にしろって……。

ひどいわよね。
冗談じゃない、責任とってよっていったわよ。
でも、駄目だったの。
骨董品屋は、その日のうちにどこかにいなくなってしまったのよ。
ねえ、この絵、一部が変色しているでしょう。

血の色が、どす黒くなっているのよね。
これねえ、儀式をしたら、一時鮮やかな赤に蘇ったのよ。
儀式って……わかるわよね。
私が由香ちゃんにしようとしたこと。
人に『印』をつけて、この家の守り神にすることよ。

しつこいようだけど、もう一度いうわ。
由香ちゃんを守り神にしようとしたのは、本当に運が悪かったからなの。
儀式を見られてしまったから、ただそれだけなのよ。
秘密が暴かれるかもとか、いいふらされたらどうしようとか。

混乱して、ついあんなことを……。
大丈夫。
今、あなた達をそんな目にあわせるつもりはないわ。
この男性が、代わりになってくれたから。

この人はね、由香ちゃんが帰った後に、おばあちゃんが連れてきたのよ。
どこの人かはわからないわ。
見かけない顔だから、村の人じゃないと思うけど。
たぶん、どこかの旅行者よ。
悪かったと思うわ。
そんな目で見ないで。

しょうがなかったの。
守り神をつけないと、きっと又親戚が死んでいたわよ。
あなた達の命だって、なかったかもしれないのよ。
……由香ちゃん、本当にごめんなさい。
私達、逃れられないのよ。

おばあちゃんが助けたっていってたわよね。
誤解しないでほしいんだけど。
おばあちゃんの魂をすいとっていたっていう『あいつ等』って、私と良夫のことじゃないのよ。
この絵を描いた浮世絵師と、絵の女のことなの。
私達、みんな犠牲者なのよ。

おばあちゃんがいったように、この絵は確かに神なのかもしれないわ。
私達、絶対に逆らえないんだもの……。
「そんな……」
由香里姉さんが青ざめている。

「確かに、この家、何だか変だと思ったけど……」
そういったきり、だまりこんでしまった。
この家に、こんな秘密があったなんて。
早く帰った方がいいのかもしれない。

「さあ、客間に戻りましょう。それから、このことは誰にもいわないで」
……どうしよう。
一刻も早く、逃げた方がいいのでは?

「葉子ちゃん、怖がらないで。大丈夫、何もしないから」
和子おばさんが悲しそうに微笑む。
「葉子ネエ、本当だよ」
良夫……。
決断は今しかない。

二人を、信用していいのかしら?
1.信用する
2.しない