晦−つきこもり
>三話目(前田和子)
>O2

「まあいいわ。もうちょっと待とっか」
「うん」
良夫がうなずくと、哲夫おじさんが割って入った。

「自分は待ちきれないなあ。早く次の話が聞きたいし」
「何だよ、おじさんが捜しに行くの? やめなよ。かあちゃんは布団を用意しに行ったんだぜ?
女が寝る部屋に、おやじが行っちゃまずいだろ?」
うわあっ、なんてこというのよ。

哲夫おじさん、傷ついちゃったみたい。
「自分は、そんなつもりじゃ……」
悲しげな表情をしている。
何だか気まずいなあ。
「ちょっと、良夫」
注意しておかなきゃ。

「あんな言い方しちゃ駄目でしょ」
ぼそぼそと呟く。
「ふん」
良夫は、かるく鼻をならした。
なんて生意気な。

「もう許せない、行くわよ」
「行くって?」
「和子おばさんに叱ってもらわなきゃ。迎えにいくのよ」
「嫌だよ、そんなの」
「つねるわよ」
「……痛たっ! やめろよお」

「あら、あんたたち、何してるの?」
和子おばさんが戻ってきた。
「かあちゃん、葉子ネエがひどいんだよ」
「ふーん、どうせまたあんたが何かしたんでしょ」
さすがは和子おばさん。
話がわかるわ。

「良夫ったら、ひどいこというんですよ」
「そうなの? こら、良夫っ」
「痛たっ! 何で人の話を聞かないんだよお」
良夫は真っ赤になっている。
和子おばさんは、楽しそうに笑った。

良夫がかわいくてしょうがないって感じ。
「本当にいたずらなんだから。さ、話の続きをしましょ。
次は誰の番?」

「あの、和子おばさんにお願いしたいんですけど」
「そう、いいわよ」
和子おばさんは、すぐに座って語り始めた。
……じゃあ、いくわよ。
実はね、さっき由香ちゃんが話したことだけど。

あれ、由香ちゃんの体験談じゃないと思うわ。
私、あの話を他から聞いたことがあるもの。
幽霊の『ゆっちゃん』の話っていうのよ。
……あのね、ある由緒あるお屋敷に、ベビーシッターの女の子がやってきたんだって。

だけど、その女の子は来る途中で車にはねられて、死んでしまったらしいの。
体はぐしゃぐしゃになったんだけど、彼女自身に、死んだって自覚がなくてね。
ゆっちゃんの霊は、お屋敷を訪ねたの。

お屋敷の奥さんは、ゆっちゃんが霊だってわからなかったのよね。
でも、その子供やペットは、ゆっちゃんが変だってわかったのよ。
そういうカンって、子供や動物のほうがいいっていうじゃない。

ゆっちゃんは、自分になつかない子供やペットを毛嫌いしたんだって。
それで、ありとあらゆる意地悪をしたんだって。
虫や小鳥、猫なんかを次々と殺しては、子供がやったんだって嘘をついてまわったんだって。

ある日、母親はそのことを子供から聞いてね。
ゆっちゃんのベビーシッターをやめさせることにしたの。
そうしたら、ゆっちゃんはくやしがって、お屋敷で恐ろしい儀式がされてるとか何とか、いいかげんなことを沢山いってまわったんだって。

……って話。
これが、お屋敷から見た話なんだけど。
他にも、ゆっちゃんがお屋敷の主人……おばあさんに取り憑いて、体の具合を悪くしたとか、子供に呪いをかけたとか、いろんなバリエーションがあるのよ。

由香ちゃんが話した、ゆっちゃんの視点から見た話も、いろんな内容で語られているけどね。
みんなは、この話知ってた?
私は、良夫から教えてもらったんだけど。
今、子供達の間で流行ってるらしいわ。

この話のポイントは、お屋敷から見た話のラストなのよ。
あのね、幽霊のゆっちゃんは、お屋敷を去っても、まだ死んだって自覚がなかったんだって。
だから、どこかの家にふと現れては、ベビーシッターの話をして、文句をいうんだって。

だから、ゆっちゃんの話を、わざと自分の体験談のように話して怖がらせようとする人がいるのよね。
私なんて、この話を知ってたから、由香ちゃんが話している最中、なあんか嫌な気分だったわよ。

実は由香ちゃんって、うちにベビーシッターに来たことがあったからね。
もしかして、あの時のことを根にもっているのかしら。
良夫がきかんぼうだったから、イヤミであんなことをいったとか……。

「なんだよかあちゃん、ひどいこというな」
良夫はふくれている。
1.笑う
2.ため息をつく
3.良夫をいじめる