晦−つきこもり
>五話目(藤村正美)
>C7

そうですか。
良夫君のことだと、気づいたのですわね。

園部さんは、良夫君が好きだったのです。
それなのに、彼女がミドリちゃんと呼ぶ、もう一人の彼女のせいで誤解されて…………悲しんでいましたわ。
「あの子がいる限り、私は幸せになれないんだわ……」
そういって泣いていました。

けれど、もとは一つの人格のはずです。
理解してくれる人と、気長に取り組んでいけば、ミドリちゃんの人格は消えるはずですわ。
私はそういって、彼女の肩を抱いてあげたのです。
そうしたら。

「さわらないでっ!」
突然、私の手が振り払われました。
目をつり上げた園部さんが、憎々しげに私をにらんでいます。
「あんたも、あいつの味方すんのね。それなら、私の敵だわ!」
そういう声は、確かに園部さんのものです。

なのに、私を見る顔や、いいまわしは…………見たこともない少女に思えたのです。
もしかしたら、と思いましたわ。
「あなた、ミドリちゃんですの……?」
私は、そう尋ねましたわ。
すると彼女は、かんしゃくを起こして、側にあった花瓶を投げつけたのです。

私のほんの数十センチ隣で、砕けて割れましたわ。
次の瞬間、彼女は私に飛びかかって、首を絞めてきたのです!
「違うわ、私は園部茜。ミドリは、あいつよ!」
彼女は、そう叫びました。
小学生の小さな手でも、本気で絞められれば苦しいですわ。

私は思わず、彼女を思いっきり突き飛ばしてしまいました。
彼女は床に転がりましたが、跳ね起きて叫ぶのです。
「小さい頃から、いつもまとわりついて、私の体を欲しがって!
いい子ぶって大人をだましても、体はあげないからねっ!!」
そして、散らばった花瓶のかけらに飛びつきました。

その鋭く尖った一端を、自分ののどに突き立てたのです!!
「園部さん!」
私はあわてて駆け寄りましたわ。
ところが、のどからほんの数ミリ離れたところで、かけらが止まっているじゃありませんか。
握りしめた手はぶるぶる震えて、関節が白くなっています。

相当、力を込めているようですわ。
それなのに、かけらはピクリとも動かないのです。
見えない力が邪魔をしているようにね。
彼女は、くちびるを噛みました。

「よけいなこと……しないでよ、ミドリ……!」
ここにいない誰かに、話しかけているようですわ。
かなり興奮しているのでしょう。
私は、とにかくかけらを放させようとしました。
彼女の手に触れた瞬間、バチッと火花が散ったのですわ!

「きゃあっ」
思わず飛び退いてしまいましたわ。
すると、私の目の前に、ボウッと白っぽい煙が湧いて出たのです。
少女のような姿をしているように、見えましたわ。

「とうとう姿を現したわね、ミドリ。
あんたなんかに体をあげるくらいなら、死んだ方がましなのよ!」
彼女が叫びました。
私は……正直な話、びっくりしましたわ。
だって、そこにいるのは明らかに霊体なんですもの。

多重人格などではなかったのですわ。
ほら、私は霊感があるでしょう。
だから、わかるのですけれど、あれは本物の霊魂でした。
でも、どういうことなのでしょう?

園部茜さんが、体の持ち主だということは、間違いありませんわ。
けれど二人のうち、どちらが茜さんで、どちらがミドリちゃんなのかしら?
白い霊体となって、悲しげに漂っている方でしょうか。
それとも、憎々しげににらみつけている方なのでしょうか。

どちらにしても、一つの肉体を二つの霊魂が使うなんて、よくないことですわ。
体が休まる暇がなくて、どんどん衰弱してしまいますもの。
ミドリちゃんを、体から離さなければ。

どちらがミドリちゃんなのか、葉子ちゃんにはわかります?
1.悲しげな白い霊体の方
2.憎々しげににらんでいる方