晦−つきこもり
>五話目(藤村正美)
>K11

まあ、まだわかりませんの?
葉子ちゃんって、あまり頭の回転がいい方じゃありませんのね。
……あら、気を悪くさせたかしら。
仕方ありませんわね、教えてあげますわ。
良夫君でしょう。

さっきの話を聞いていれば、ちゃんと共通点に気づいたはずですわ。

園部さんは、良夫君が好きだったのです。
それなのに、彼女がミドリちゃんと呼ぶ、もう一人の彼女のせいで誤解されて…………悲しんでいましたわ。
「あの子がいる限り、私は幸せになれないんだわ……」
そういって泣いていました。

けれど、もとは一つの人格のはずです。
理解してくれる人と、気長に取り組んでいけば、ミドリちゃんの人格は消えるはずですわ。
私はそういって、彼女の肩を抱いてあげたのです。
そうしたら。

「さわらないでっ!」
突然、私の手が振り払われました。
目をつり上げた園部さんが、憎々しげに私をにらんでいます。
「あんたも、あいつの味方すんのね。それなら、私の敵だわ!」
そういう声は、確かに園部さんのものです。

なのに、私を見る顔や、いいまわしは…………見たこともない少女に思えたのです。
もしかしたら、と思いましたわ。
「あなた、ミドリちゃんですの……?」
私は、そう尋ねましたわ。
すると彼女は、かんしゃくを起こして、側にあった花瓶を投げつけたのです。

私のほんの数十センチ隣で、砕けて割れましたわ。
次の瞬間、彼女は私に飛びかかって、首を絞めてきたのです!
「違うわ、私は園部茜。ミドリは、あいつよ!」
彼女は、そう叫びました。
小学生の小さな手でも、本気で絞められれば苦しいですわ。

私は思わず、彼女を思いっきり突き飛ばしてしまいました。
彼女は床に転がりましたが、跳ね起きて叫ぶのです。
「小さい頃から、いつもまとわりついて、私の体を欲しがって!
いい子ぶって大人をだましても、体はあげないからねっ!!」
そして、散らばった花瓶のかけらに飛びつきました。

その鋭く尖った一端を、自分ののどに突き立てたのです!!
「園部さん!」
私はあわてて駆け寄りましたわ。
ところが、のどからほんの数ミリ離れたところで、かけらが止まっているじゃありませんか。
握りしめた手はぶるぶる震えて、関節が白くなっています。

相当、力を込めているようですわ。
それなのに、かけらはピクリとも動かないのです。
見えない力が邪魔をしているようにね。
彼女は、くちびるを噛みました。

「よけいなこと……しないでよ、ミドリ……!」
ここにいない誰かに、話しかけているようですわ。
かなり興奮しているのでしょう。
私は、とにかくかけらを放させようとしました。
彼女の手に触れた瞬間、バチッと火花が散ったのですわ!

「きゃあっ」
思わず飛び退いてしまいましたわ。
すると、私の目の前に、ボウッと白っぽい煙が湧いて出たのです。
少女のような姿をしているように、見えましたわ。

「とうとう姿を現したわね、ミドリ。
あんたなんかに体をあげるくらいなら、死んだ方がましなのよ!」
彼女が叫びました。
私は……正直な話、びっくりしましたわ。
だって、そこにいるのは明らかに霊体なんですもの。

多重人格などではなかったのですわ。
ほら、私は霊感があるでしょう。
だから、わかるのですけれど、あれは本物の霊魂でした。
でも、どういうことなのでしょう?

園部茜さんが、体の持ち主だということは、間違いありませんわ。
けれど二人のうち、どちらが茜さんで、どちらがミドリちゃんなのかしら?
白い霊体となって、悲しげに漂っている方でしょうか。
それとも、憎々しげににらみつけている方なのでしょうか。

どちらにしても、一つの肉体を二つの霊魂が使うなんて、よくないことですわ。
体が休まる暇がなくて、どんどん衰弱してしまいますもの。
ミドリちゃんを、体から離さなければ。

どちらがミドリちゃんなのか、葉子ちゃんにはわかります?
1.悲しげな白い霊体の方
2.憎々しげににらんでいる方