学校であった怖い話
>二話目(新堂誠)
>B6

佐久間ってのは、つくづく馬鹿な男さ。
「もったいなくなんかねえよ! 俺の人生、どう生きようが勝手じゃねえかっ! 見ず知らずのあんたに指図される覚えはないねっ!」

ばあさんも、こんな野郎は、ほっときゃあいいんだよ。
けど、何なのかね。
ばあさんは、一向にその場から立ち去る気配がないんだ。

「かわいい子だねえ。どうして、そう正直になれないのかねえ。そういう子は、おいしい飴を食べるといい。とってもおいしい飴じゃからの」

佐久間が頼みもしないのに、ばあさんは、手に下げたバスケットの中から、大きな飴玉を一つ、つまみあげたのさ。
佐久間は、ごくりとツバを飲み込んだ。

本当は、ほしくてほしくてたまらないんだ。
その飴が、目の前にあるんだ。
手を伸ばして、ありがとうって言えば、それが手に入る。
そして、人生が変わるんだ。
でも、馬鹿はどこまでいっても馬鹿だね。
ほしいくせに、反対の素振りを見せちまう。

ソッポを向くと、さも面倒臭そうに言ったんだ。
「……まあ、ばあさんが、どうしてももらってくれっていうんなら、もらってやってもいいけどよお。まずかったら、承知しねえぞ」
口では憎まれ口を叩きながらも、佐久間はばあさんの手から飴玉を引ったくった。

そして、包み紙をはがすと急いで口に放り込んだんだ。
何という味だ。
こんな味、今までに味わったことがない。
噂は本当だったんだ。
「うまいかえ?」
「……うまい!」
ばあさんの言葉に、つい佐久間は本当のことを言っちまったのさ。

天のじゃくの佐久間をうならせるほど、うまかったんだな。
けれど、言ったあとでしまったと思った。
癪にさわったんだ。
自分が、ばあさんの思い通りになっちまったことがな。

そして同時に、ふつふつと別の欲望がわいてきた。
そう。
それは、もっと飴がほしいという欲望だった。

そして、反射的にばあさんのバスケットの中に手を突っ込むと、飴玉を盗んだのさ。
「何をするんじゃ!」

ばあさんの止める言葉も聞かず、佐久間はばあさんを突き飛ばすと逃げ出した。
無我夢中で走ったのさ。
もうこれ以上は走れないと足を止めたとき、ばあさんの姿は、どこにもなかった。
そして、しっかりと飴玉を握った手を開いてみた。

「……なんだ。二つぽっちか」
飴玉は大きかったからな。
二つ取るのが精一杯だったのさ。
それでも、佐久間はまあ満足だった。
家に帰り、自分の部屋にこもると、机の上にその二つの飴玉を並べたのさ。

ほかの連中は、一つしか味わえない。
それなのに、自分は三つも味わうことができる。
だから、自分の人生も三倍楽しい人生になるはずだ。

そう思うと、自然と笑いが込み上げてきた。
「……今までの俺の人生は最悪だった。でも、これで変わるぜ。ざまあみろってんだ」

飴玉を見ていると、あのときの味が込み上げてくる。
口中、唾液でいっぱいになってしまう。
忘れようと思っても、忘れられない味。
今もまだ口の中にあるかのような錯覚に陥ってしまうほど、鮮明な味だった。

「たまんねえ」
見ていると、我慢できなくなってしまう。
それでも、あと二つしかないんだ。
今、食べるわけにはいかない。
「……ちょっと、なめるだけなら」
誘惑には勝てなかった。

こんなわがままな奴が、勝てるわけがない。
ほんのひとなめするつもりで、飴玉を口に運んだのさ。
「……たまんねえよ。うますぎる!」
すぐ、口から出すつもりが、いつまでたってもやめられない。
あんなに大きかった飴玉が、あっという間に溶けてなくなってしまった。

そして、一つ食べると、もう歯止めがきかなくなった。
「くっ、我慢できねえよ!」
佐久間は、最後の一個に手を伸ばすと、急いで口に放り込んだ。

それが、佐久間にとって一番幸せな時だったのさ。
彼は、もう死んでもいいって思ったはずさ。
なんたって、選ばれた人間でさえ一度しか味わえない味を、三回も味わったんだからよ。

これがなくなれば、もう食べれないことがわかっているのに、口から吐き出すことができない。
とっておきたいのに、もう少し、もう少しという気持ちが勝ってしまって、いつしか最後の飴玉も胃の中へ落ちていった。

「ふぅ〜〜〜〜」
佐久間は、これほどの満足を味わったことがなかった。
まさに、至福の一瞬だったわけだ。
その時さ。
部屋のドアをたたく音がするじゃないか。

「うるせえなあ。今、勉強中なんだよ。夜食はいらねえよ」
佐久間は、いつも夜食を持ってくる母親だと思い、つっけんどんに答えた。

「……返しておくれ。……飴玉を返しておくれ」
ぎょっとした。
心臓が止まる思いだった。
その声は、紛れもない飴玉ばあさんの声だった。
なぜ、ばあさんがここにいるのかわからなかった。
だって、そこは佐久間の部屋なんだからな。

まさか、あんなばあさんを、家族が家にいれるわけがない。
どうやって家に入ったのか、気味が悪くて。
「……なあ、返しておくれよ。ありゃあ、あたしの大事な飴玉なんだから」
ばあさんの声が、ドアの向こうから恨めしそうに聞こえてくる。

飴玉を返せって言われても、もう食べちまった。
どうすりゃいいんだ?
1.ドアを開ける
2.ドアを開けない