学校であった怖い話
>四話目(細田友晴)
>F11

「もう一度、ドアを開けてみよう」
そう思った僕は、ドアのノブに手をかけた。
そして、ゆっくりノブを回した。

「開くぞ!!」
ドアが開くとわかったら、一刻も早くここを出なければいけない。
僕は思いきってドアを開け、外に飛び出した。
「!?」
……そこには、僕が出たはずのトイレがあった。
「どうして!?」

そして、急いで振り返ってみた。
「どっちも、あのトイレだ……」
僕は、体中の力が抜けていくのがわかった。
そしてそこに、膝を落とした。

「バンッ!!」
すると、勢いよくドアが閉まった。
「しまった、またか!」
僕はドアを開けようと、ノブに手をかけたが開かない。
また、さっきの状態に逆戻りだ。
「取りあえず、落ちつかないと……」

そうだ。
顔を洗おう。
怖がってはいけないんだ。
そうさ。
何も怖がることはない。
余裕を見せるんだ。
よし、顔を洗おう。

僕は、ほかのことを無視するようにして、洗面所に向かった。
鏡に映る僕の顔は、紙のように白かった。
これが、僕の顔か?
……落ち着け。
落ち着くんだ。

水道の蛇口を捻る。
勢いよく水が噴き出された。
冷たい。
氷のように冷たい水が、ざわついた僕の心をシャキッとさせてくれる。
手のひらで水をすくうと、その中に思い切り顔を埋めた。

……気持ちいい。
だんだん、気持ちが落ち着いてきた。
この調子だ。
そう、これでいい。
もう一度、手のひらに水を溜め、思い切り顔を濡らす。
ひやっとした感触が、いっそう僕の心を引き締めてくれる。

怖がるからいけないのさ。
怖がるから、変なものを見てしまうんだ。
……ふー、さっぱりした。
顔を上げて、鏡を見る。
うん、さっきよりも顔色がいい。
だんだん、気持ちも落ち着いてきた。

……おや?
鏡に映っている僕の後ろにある黒い影は何だ。
何やら、ぼんやりとした黒い影。
あれは、何だ?
後ろに、何かいる?

……また、足が震えてきた。
せっかく震えが止まったのに、また歯がガチガチ鳴り始めた。
何だ、この気配は。
髪の毛をなであげられるような、気色悪い感覚。
うなじをなでられるようなゾクゾクした嫌悪感。

……も、もう一度顔を洗おう。
見間違いなんだ。
怖い、怖いと思うから、変なものを見てしまうのさ。
蛇口から勢いよく噴き出される水に手を突っ込む。

弾かれた水滴が、僕のシャツを濡らした。
僕は、もう一度水の中に顔を埋めた。
そして、改めて鏡を見る。

何も、いない。
……何も、映っていない。
そう言い聞かせ、顔を上げると、ゆっくりと目を開いた。
ゆっくり、ゆっくり、僕の視界に鏡が映っていく。
……何も、いない。
何も、見えない。

……鏡には、僕の顔だけが映っている。
ほら、やっぱり見間違いだったんだ……。
落ち着いてよく見れば、何も変なものは見えないのさ。
よかった。

もう一度、顔を洗おう。
すっきりさせるために。
……………………!
下を向いた瞬間だった。

洗面所に、変な物がいたのは。
いつの間にか、洗面所は水が一杯に張っていて、その中に人の顔があった。
水面から、顔だけ出すようにして、腐りかけた顔が、僕をじっと見ていた。
ゆらゆらと髪の毛が、たゆたっている。

今にもこぼれ落ちそうな二つの目玉が、腐ってグスグスにとろけた肉の縁から押し出されそうに揺らめいていた。
そして、その顔がニヤッと笑った。
「うわあーーーーーーーっ!」

……僕は、意識がなくなった。
……どれくらいたったろうか。
「坂上君! ……坂上君!」
誰かが、僕を呼んでいる。
目を開けると、あの顔が……いや、細田さんの顔だった。

「大丈夫かい? いつまでたっても君が戻ってこないから、心配になって見にきたんだよ。
何かあったのかい?」
何か?
何かどころじゃない。

僕は、なんて答えていいかわからなかった。
細田さんは、その何かを期待しているような顔で僕のことを見ていた。
1.何もないと答える
2.今あったことを話す