学校であった怖い話
>五話目(荒井昭二)
>D6

そうですか、演じるよりも見ていた方がいいというタイプですね。
世の中には、俳優になりたい、女優になりたいという人がごまんといるんですよ。
身の程しらずの人がね。
役者なんて、簡単にできるものではないんですよ。
あなたのいうことは、正しいかもしれないです。

実はね、時田君も役者になりたくて仕方がなかったんです。
将来の夢だと、僕に語っていたことがありました。
なんでも、ブルース・リーに憧れていたらしいですから。
時田君は、どちらかといえば二枚目タイプというよりもがっしりした骨っぽい個性派です。

お父さんの手ほどきで、格闘武術を習っていたそうです。
それで、時田君は監督もやるとのことでした。
自分で監督して、しかも自分で演じたかったんでしょうね。
もちろん、主役ですよ。

この会の創設者は時田君ですし、機材を持ってきたのも彼ですから……。
先輩たちも、彼が監督兼主役をやるということを快く承知しました。
そして、記念すべき同好会の第一回作品の撮影が開始されたのです。
ちょうど、去年の今頃だったと思います。

彼が撮ろうとした映画のジャンルは、もちろんアクションですよ。
確か映画のタイトルは、『正義の鉄拳!!』だったと思います。
いやですね、話し手の僕まで笑っちゃいましたよ。

いえ、笑っちゃいけませんね。
彼が撮ろうとしたのは、いかにカメラワークに凝って、いかに素人でもそれなりに見えるかということでした。

時田君には、格闘武術の心得がありましたが、そのほかの人はまったくの素人さんでしたから。
彼が最初に始めたのは、映画に出演する生徒の格闘技の手ほどきからでした。
その形だけでいいから、時田君はみんなに教えたかったみたいですね。
彼は、本当に一生懸命でした。

最初はやる気を見せていた連中も次第に飽きてくるものです。
結局は自分のしたいことだけをして、興味のないことや、大変な仕事はしたがらない。

そんな彼に、僕は心の中でエールを送っていましたよ。
映画の内容ですか?
シナリオも時田君が書きました。
簡単な内容はこうです。

主人公の父は有名な武術家でした。
ある時、ある組織の用心棒として雇われます。
組織の秘密を知ってしまった彼は殺されます。
その主人公である息子が、父の敵をとるべく組織に戦いを挑む、というのが設定です。

いけませんね、また笑ってしまいましたよ。
まあ、やっぱり役者が大根ですから。
それに、学生でしょ。

舞台の大半が学校の中や、校庭になるわけです。
主人公である息子も、そのお父さんも、学生が扮しているわけですから。
なんとも、怪しい親子ですよね。

それでも、どうにかこうにか撮影は終了しました。
でも、これからが大変なんです。
撮影をすれば映画が出来上がると思っているでしょうが、大間違いですよ。
おもしろくするもしないも、これからの編集作業にかかっているんですからね。

今まで撮ったフィルムに収められたバラバラのシーンを、一つずつつなぎあわせていくんですよ。
そして、一本の映画が完成する。
これが、けっこう根気のいる仕事らしいですよ。
まあ、好きな人にはたまらなく楽しい仕事なんでしょうけど。

で、時田君もそうでした。
時間が経つのも忘れて、編集作業にいそしんでいたんです。
「……あれ? 変だな。こんなシーン撮影したかな」
彼は、ふと一本のテープを見て、首を傾げました。

それは、主人公が道場の若手に武術の型を教えているところでした。
確かに、それに似たシーンは撮ったのですが、彼の記憶とも絵コンテとも違ったんです。
映画を撮るときは、最初に絵コンテというものを作るんですよ。
そして、それに合わせてシーンを撮影していく。

そうしないと、撮り終わったときに何が何だかわからなくなってしまいますし、限られた時間内で効率よく撮影していくことはできませんからね。
時田君は、フィルムを見て驚いてしまいました。
「僕の撮ったシーンは、こんなにみんながしっかり演技をしていなかったはずだけど」

彼は、思わず見入ってしまいました。
あんなに、へたくそな演技だったみんなが、本当の役者のようにうまい。

みんな、自分の教える通りに素早く動いていく。
それは、本当に自分の教え方が上手くて、どんどんみんなが上達していく錯覚を起こしそうなほどでした。

それほど、よく撮れていたのです。
自分は、そんなカットを撮った覚えはない。
でも、記憶違いかもしれない。
それほどよくできたシーンを、時田君が使わないわけがありません。
彼は、そのシーンを編集しました。

しかし、次の日、ほかのフィルムを見ていると、また彼の撮った覚えのないシーンを発見したのです。
映画を撮影するときは、実際の上映時間数の何倍ものフィルムを回すわけですから。
フィルムの本数は、相当な量になってしまうんですよ。

それは、主人公の父が組織の秘密を知って殺されるシーンです。
実際に殺されるシーンなんて、簡単なものでした。
組織の雇った殺し屋に追われる彼が逃げる。
その彼の背後に迫る殺し屋。
そして、彼の叫び声。

殺し屋は、死んでいる彼を背にして去っていく。
それなのに、そのフィルムにははっきりと彼が死んでいくシーンが映っていたんですよ。
その何というリアルなことか。
彼の出番なんてほとんどありませんでしたから。

というのも、その役をやった人は、あまりに演技が下手で、あまり出番を増やせなかったんですよ。
それが、あまりの迫真の演技。
殺し屋の鉄拳が彼の腹部に炸裂。
彼のみぞおちにヒットしたせいか、口からは一筋の血が……。
そして地面に倒れ、動かなくなる。

そんなカットが次々に映し出されました。
いくらなんでも、こんなシーンを撮った覚えはありませんでした。
しかし実によくできていたんです。
それで、彼はためらう事なくそのシーンも編集し、本編に取り入れました。
その次の日でした。

主人公の父親役をやった生徒が殺されたんです。
僕や時田君と同学年の片山君です。
腹を、何回も殴られてね。
内臓破裂を起こすほどだったそうですよ。

その時の状況を聞いた時田君は、耳を疑いました。
まるで、あの時のシーンにそっくりじゃないですか。
彼を殴り殺した犯人は判らないそうです。
だって、彼は夜中に一人で自分の部屋で寝ていたんですから。
誰も忍び込んだ形跡はないし、部屋が荒らされた様子もない。

疑われるのは家族ですよね。
時田君は、恐ろしくなってしまいました。
もしかしたら、自分があのフィルムを編集したせいで彼が死んだとしたら……。
これが、あのフィルムの呪いだったら……。

あなただったら、どう思いますか?
その映画の編集作業を続けたいと思いますか?
もし続けたら、もっと変なものが映っているかもしれませんからね。
1.続ける
2.もうやめる