学校であった怖い話
>六話目(福沢玲子)
>I7

「平井!」
近藤先生は、周りの目など気にせず、そう叫ぶと急いで後を追ったの。
ほかの先生たちは、どう思ったでしょうね。
きっと、誤解したよ。
よく考えるとさあ、かわいそうなのは近藤先生だったのかもね。

近藤先生は、何とか平井さんと話をしようと、必死に追いかけたわ。
でも、走るの遅かったの。
それに比べて平井さんは走るの速かったの。
近藤先生からしてみれば、見失わないのが精一杯だった。
何とか見失わなかったけれど、距離は少しも縮まらなかった。

平井さんは何を考えたのか体育館に逃げ込んだわ。
後で考えると、すべては近藤先生を誘っていたのかもね。
きっと、平井さんの足だったら、本当に逃げようと思ったら、簡単に逃げ切れたはずだもん。

それで、体育館に逃げ込んだ平井さんは、まるで最初から仕組んでいたようにわざとらしく転んだの。
でも、転んでくれたおかげで、近藤先生は、やっと追いつくことができた。

人気のない体育館は空気が冷たくて、死んでいるようだった。
「平井。勘違いしないでくれ。僕は、君のためを思って……!」
近藤先生は、平井さんの腕をつかむと、無理やり振り向かせたの。
平井さんの顔は、無表情で氷のように冷たかったの。

「……先生、うそついた」
「うそをついたんじゃないんだ!
僕は教師なんだよ! 君とつきあえるわけ、ないじゃないか!」
近藤先生は、うわずった声で必死に弁解したの。
でも、どんな理屈をこじつけようが平井さんには通じなかった。

近藤先生はあせったわ。けどね、あせればあせるほど、屁理屈に聞こえたし、説得力はなくなっていったわ。
平井さんにとっては、そんな言葉どうでもいいことだもんね。
ようは、近藤先生と結婚できればいいんだもん。

「……先生と私はね、赤い糸で結ばれているの。だからね、逃げることはできないのよ。
運命なんだもん」
「……平井! わかってくれ!
これ以上、先生を困らせないでくれ!
そんな赤い糸なんて、見えもしないものを信じちゃだめだ!」

「先生、困らないで。赤い糸はちゃんとあるんだから」
そういうと、平井さんは突然ナイフを取りだしたの。
「……な、何をするんだ?」
近藤先生は、驚いたわ。
思い詰めた少女は何をするかわからない。

自分が殺されてもおかしくない。
そう思うと、自然と逃げ腰になるのが自分でもよくわかったの。
でもね、平井さんが近藤先生を襲うわけないよね。
だって、愛する運命の人なんだもん。

平井さんは、取り出したナイフを、自分の右手の小指の根元に突き刺したの。
根元にナイフを突き立てると、それでグリグリとほじくったの。
それも、何も感じていないような無表情でね。
驚いたのは、近藤先生よ。
「……な、何をするんだ、平井?」

「……今ね、証拠を見せてあげるから。安心して、未来の旦那様」
平井さんは、無表情の目のまま口だけで笑うと、ナイフを捨てたわ。
そして、今傷つけたところを無理やり押し広げると、中から神経を引きずりだしたの。
「あ……あ…ああ…………あああ……」

血で真っ赤に染まった神経が、ずるずると小指から引き出されるたびに、平井さんは悦に入った表情を浮かべ、体をがくがくと震わせたの。
「……ほら、赤い糸」
そして、それを嬉しそうに近藤先生に見せたのよ。

小指からは、赤い血がぽたぽたと滴っていたわ。
そして、その血が、引き出された神経をつたって、つーって流れていたの。
近藤先生は、何をいっていいかわからず、ただ金魚みたいに口をぱくぱく開けるだけだった。

近藤先生、どうしたと思う?
1.逃げた
2.落としたナイフで戦った
3.思わず平井さんを抱きしめた