学校であった怖い話
>七話目(荒井昭二)
>AG4

「いや、僕は一人で帰るよ。これから、宿直室の用務員さんのところに鍵を返してこないといけないしね。わざわざついてきてもらうのも悪いし……」
僕は、福沢さんに嘘をいった。
実は新聞部の部室の鍵は、コピーを先輩が作ったんだ。

それを、今僕が借りているので本当はこの鍵は戻さなくてもいい。
福沢さんは、はっきりいってうるさいタイプなので僕はちょっと苦手だ。
岩下さんよりはまだましだけど。
「あら、そう。せっかく待っていたのに残念。

そうだ、先に通用口で待ってるよ。
それでもダメ?」
福沢さんは、なかなかあきらめない。
「いいよ。じゃあ僕も急いで返してくるから、後で落ち合おう」
僕は、彼女の押しに負けた。
「それじゃあね」

僕らは、別々の方向に歩き始めた。
……どうしよう、面倒くさいことになった。
ちょっと、時間をずらしていかないと変に思われてしまう。
あの時、意地を張らずに彼女と一緒に行くといっておけばよかった。
仕方ない、ちょっと遠回りしていこう。

夜の校舎はとんでもなく怖い。
思い出したくないのに、さっきのみんなの話が頭の中に浮かんでくる……。
目がだんだん暗闇になれてきたものの、非常灯しかついていない廊下は心もとない。
ふと、先の曲がり角に人影のようなものが見えた。
……気配がする。

僕は思わず足を止めた。
どうしよう。
そいつは、僕の様子をじっとうかがっているようだ。
僕の手や足に脂汗がじっとりとにじんでくるのがわかる。
しかも、そいつは僕が動かないのにしびれを切らしたのかこちらに近づいてきた。

飛び跳ねるように、体をくねらせギクシャクしながら……。
非常灯の緑の明かりをバックに、どんどん近づいてくる。
早く、この場から逃げないと!
僕は、そいつに背を向けて全速力で走った。
とにかく、あいつと離れることだけを考えた。

でも、どんなに走ろうがそいつの足音は遠ざかることはない。
あっ、あそこに歩いているのは福沢さんだ。
僕は、もつれそうな足で一生懸命に走った。
「福沢さん!!」
僕は、思わず彼女の背中にしがみついた。

「坂上君!? どうしたの!? 急にしがみついちゃって」
足音がまだ聞こえている。
彼女には見えないのか!?
あいつの姿と足音が……。

僕は、福沢さんの背中にしがみついて目をつぶったままだった。
「……坂上君。坂上君!」
福沢さんが、僕を背中から引きはがして肩を揺すっていた。
「どうしたの、汗びっしょりだよ!?
もう鍵は返してきたの?」

そして、心配そうに僕の顔を覗き込んだ。
見ると、そいつはもういなかった。
僕のシャツは、水に浸したようにぐっしょりと濡れていた。
息が、とても荒かった。
「ねえ、大丈夫?
少し、座ったら?」

改めて、福沢さんは声をかけてくれた。
「もう、大丈夫だから。
さあ、行こう」
言葉ではそういったものの、あの得体の知れない人影が、僕の脳裏に焼きついて離れなかった。
……果たして、福沢さんは、あれを見たのだろうか?

どうしよう。
聞いてみようか?
いや、聞かないほうがいいんじゃないか?
1.尋ねてみる
2.黙っている