学校であった怖い話
>七話目(細田友晴)
>AY4

そうだ。
この奥は階段になっていてな、地下の食糧倉庫に続いていたんだ。
戦争中は物が不足していたから、食べ物だって、一日あたりの量を決めて配られていたんだよ。
だから、その倉庫はいつも、厳重に見張られていた。

その頃、空襲で焼け出されて、学校の近くに避難してきた兄妹がいた。
兄は今の高校生くらい、妹の方は小学生くらいの年齢だった。
仲のいい二人でな。
いつもかばい合い、励まし合っていた。
ところがある日、妹が熱を出したんだ。

今と違って、医者もいなければ薬もない。
兄の少年にできるのは、彼女の額を濡れ手ぬぐいで冷やすことだけだった。
熱にうなされた妹は、うわごとをいうようになった。
このままでは危ない。
少年は悩んだあげく、とんでもないことを思いついたんだ。

食糧倉庫に忍び込んで、食べ物を盗もうとしたんだよ。
妹に今一番、必要なのは、栄養をとることだと思ったからな。
倉庫は兵隊が見張っている。
見つかったら、ただではすまないだろう。
でも少年は、それしか方法はないと知っていたんだ。

そして、ある夜、こっそりと倉庫に忍び込んだ。
見張りの兵隊が、居眠りするのを待ってな。
今は壁の中になっている、この階段を下りていったのさ。
そこで彼は、信じられないものを見た。
何だと思う?

……そう、空っぽの倉庫だ。
食料なんて、これっぽっちもない。
みんなの話では、ここには何百人分もの食料が、備蓄されているはずだったのに。
その時、倉庫の中を懐中電灯が照らした。
「誰だ!」

怒鳴りながら、兵隊が入ってきたんだ。
さっきのヤツが、目を覚ましたんだろう。
彼の姿を見つけると、舌打ちをした。
「見たのか……」
そういって、少年の腕をひねりあげた。

「おまえも見たとおり、食料なんてない。何百人分の備蓄なんて、大嘘だ」
兵隊は、悲しそうな顔をしていた。
「この国の食料は、なくなりかけている。でも、そんな事をいえば、みんな戦う気力をなくしてしまうだろう。だから、知られてはいけないんだ」
兵隊は彼を突き飛ばした。

「うわっ」
地面に倒れた彼を見下ろすと、兵隊は扉をバタンと閉めた。
くぐもった声が聞こえる。
「かわいそうだが、知られたからには生かしておけない」
「そ、そんな! 僕は何もしていない!」
「この倉庫の食料は、おまえに盗まれたということにする。そうすれば、

空っぽな事のいい訳が立つからな」

少年は、必死に扉を叩いた。
「開けてください! 妹が熱を出して寝ているんです! 戻ってやらなくちゃ!!」
何度も叫んだ。
でも、もう答えはなかった。
彼は絶望して、部屋の中を見回した。

倉庫は地下室だ。
扉以外、出入りできるところはない。
早く妹の元に戻りたいのに、その方法がないんだ。
きっと彼女は、苦しんでいるに違いない。
熱が下がらなければ、そのまま死んでしまうことだって考えられる。

少年は歯ぎしりした。
どうにかして脱出しようと、床を引っかいてもみた。
でも、踏み固められた土は、素手ではどうにもできない。
彼はなすすべもなく、ただ時間が過ぎてゆくのを待っていた。
何時間か、もしかしたら何十時間か後。
扉がきしんで開いた。

見覚えのある兵隊が、そこに立っていた。
「お国のためだ。泥棒の汚名をかぶってくれ」
兵隊が、かがんで腕を伸ばした。
その瞬間、少年は思いっきり体当たりした。
「うわっ」
兵隊は跳ね飛んだ。
その隙に、少年は倉庫を飛び出し

たんだ。
兵隊の声が聞こえたが、気にもしなかった。
そして、妹が寝ている場所へ駆けつけた。

顔をのぞき込んで……そして、わかった。
彼女はもう、息を引き取っていたよ。
高い崖から突き落とされたような気分だっただろうな。
でも、彼は泣かなかった。
あまりにも哀しみが大きいと、涙も出ないらしい。

彼にとって、たった一人の妹。
たった一人の家族だったんだから……。
それから、どれくらいの時間が経ったんだろうか。
少年は、ゆっくりと立ち上がった。
そしてまた、倉庫へ向かったのさ。

倉庫には、あの兵隊がいた。
仲間や、上官らしい兵隊もいっしょだ。
彼は、いきなりその真ん中に飛び込んだ。
自分を閉じ込めた兵隊に、体ごとぶつかる。

「ぐうっ」
苦しげな悲鳴があがって、兵隊が倒れた。
腹を押さえた手が、血で真っ赤に染まっている。
いつの間にか、少年の手に握られている包丁も、血まみれだ。
あわてて取り押さえようとする兵隊に、少年は包丁を振り回す。

銃で撃たれるまで、少年は何人もの兵隊に、怪我を負わせたらしい。
もちろん、彼がなぜ、そんなことをしたのかは謎のままだった。
しばらくして戦争が終わった。
この学校も、本来の役割を果たせるときが来たんだ。

でも……同時に、生徒の間に、変な噂が流れるようになった。
食糧倉庫だった地下室に、少年の幽霊が出るというんだ。
初めは相手にしなかった先生たちも、生徒があまりに怖がるからって、対策を立てることにした。
それで、地下室を封印してしまったんだ。

もちろん、幽霊ならそんなことで消えたりはしないだろう。
でも、噂は消えたんだ。
幽霊を見たという生徒は、それからパッタリといなくなった。
もっとも、数年後にはもう、別の幽霊騒ぎが起こるんだけどな。
まあ、七不思議くらい、どこの学校にもあるからな。

みんなが知らないだけで、この旧校舎には、そういう話がたくさん残っているんだぞ。
……もうすぐ、旧校舎を壊すだろ?
そうしたら、思わぬものが出てきたりするかもな。
……実はな、この壁にまつわる話で先生が高校生のときに体験した話があるんだけどな。

聞きたいか?
1.聞きたい
2.もう十分です


◆一話目で岩下が消えている場合
2.もう十分です


◆二話目〜五話目で何人かが消えている場合
2.もう十分です