晦−つきこもり
>一話目(鈴木由香里)
>Q8
あーーーーーっ!
もういいよ!!
面白くない子!
まったく、前はもっと素直ないい子だったのにさぁ。
いったい誰の影響なんだか、まったく。
普通、『B3』っていったら地下三階のことを指してんの。
わかった?
私たちは、一気に地下三階まで運ばれちゃってたんだよ。
「夜間は、直通運転なんだね」
ふいに、松尾さんが納得したようにつぶやいてた。
エレベーターホールには、業務用エレベーターと階段の他には、大きめのドアが一つあるだけ。
ペンキがはがれて、ところどころ金属の露出している、そのドアからは、『倉庫』の文字が、かろうじて読みとれた。
「早く入ろうよ」
松尾さんに促されて、ドアを開けようとしたんだけど、錆付いていたらしくて、ドアは動かない。
男の子を連れて来てれば……。
それでも何とか、二人がかりでドアを押し開けた。
そして、中を見て……、
「きゃーーーーーっ!!」
二人同時に叫んでた。
倉庫の床一面に生首が転がってる!
って思ったのよ。
さすがの私も、一瞬、金縛り状態よ。
松尾さんなんて、ギュッと目を閉じて、その場にしゃがみ込んじゃってた。
腰抜かしちゃってたのかもしんないね。
そのまま、数分間。
私たちは、じっと動けないでいたわ。
目が慣れるっていうのかなぁ。
だんだん、辺りの状況がわかってきたんだ。
断頭台の惨劇を物語るかのように床に転がってたのは、全部マネキンの首だった。
「なぁーーーんだ」
って顔してるね。
確かに、本物の生首に比べれば、
「なぁーーーんだ」
かもしんないけどさぁ、マネキンの首だって十分怖いもんよ。
あの、リアル感を漂わせつつも、いかにも造り物っぽい顔。
笑いつつも、怪しい光を放つ目。
なんだか、未知の生命体が人間のふりをしてるみたいな感じがしない?
そんな首だけが、ゴロゴロ転がってるんだよ。
天井の蛍光燈は、所々消えてたり、点滅してたりで頼りないし、私も松尾さんも、こんな所に長居はしたくなかった。
一歩、足を踏み入れるのだって嫌なのに、こんな所でマネキンを捜すなんて、とんでもない!
私たちは、倉庫へ入ることもなく、ドアを閉じようとしたのさ。
その時……、
「あ…………?」
松尾さんが、何か小さく呟いた。
だけど、ドアの閉じる重い音に消されて、はっきりと聞き取れたわけじゃないんだ。
彼女自身も一人ごとのつもりだったらしく、特に、何かしらの反応を期待してるふうでもなかった。
だから、あんまり気にはせずに、上に戻ることにしたんだ。
幸い私たちの乗って来たエレベーターが、まだそのままだったからさ。
それに乗って移動したよ。
今度も、さっきと同じぐらい時間がかかった。
いったい、どこまで上って行くんだろうって感じ。
もしかして閉じ込められたんじゃ……。
って思い始めた頃、やっと止まったんだ。
ピンポーンという軽い音がして、ドアが開くと……。
そこは、屋上だった。
エレベーターホールの壁に、しっかりと『R』って、表示されてたからね。
屋上のドアって、一番、戸締まりが厳重だっていうからさ、外に出れるかなんて、全然、期待してなかったんだ。
だから、ドアが開いた時は本当に驚いたよ。
「あーあ、お粗末な警備だね」
そういいながらも、私はわくわくしてた。
他の階を見れなかった分、屋上探検と洒落込むつもりだったんだ。
ドアを開けると、急に冷たい風が吹き込んで来た。
それまでだって、決して暖かい場所にいたわけじゃないけど、十二月の夜の屋上は、凍るような寒さだったよ。
そんなに遅い時間であるはずないのに、屋上から見下ろしたN町は、ひっそりと寝静まってるかのようで、家の明かりどころか街燈一つ見えない。
空を見上げたら……。
曇っていて月も星も、まったく見えなかった。
「なんだか思ってたほど、面白くないね」
「うん…………」
松尾さんは、地下倉庫が気にかかるのか、ぼんやりとしたままうなずいてた。
あの時、何を見たっていうんだろう?
そんなことを考えてみても、退屈には変わりなかったから、
「冷え込んできたし、そろそろ戻ろうか」
って、いったんだ。
その時……!
「あっ!!」
急に、松尾さんが声を上げたんだ。
彼女は、空の一方を指して、
「今、何かが横切った!」
だって。
私も目をこらして捜すけど……。
どこ……?
どこ……?
どこ……、あっ!
見えた!!
何かが、物凄いスピードで私たちの目の前を横切ったんだ。
「あれって、いったい何?」
「…………」
松尾さんは、私の問いには答えずに、じっと、宙の一点を見据えてる。
そして、パッと腕を伸ばしたかと思うと、次の瞬間には、その手に何か動く物体を握ってた。
それは……、人の首だった!
髪の毛を掴まれた生首は、低い唸り声をあげながら、じたばたともがいてる。
「ひっ……!」
掴まえた松尾さんも、まさか生首だったとは思ってなかったようで、すぐに手を離しちゃったんだ。
自由になった生首は、再び宙へ浮かぶと、今度はゆっくりと、私たちの周りを飛び回ってた。
私たちが、少しでも動くと威嚇するかのように、ふぃっと目の前に近寄ってくるから、その場を離れることすら出来なかったよ。
そのうちに数が、ふたつ、みっつ、よっつ……と、どんどん増えていくの。
あっという間に、私たちの周りは生首だらけ。
こうなってくると、やっぱり女の子ね。
松尾さんはすっかり脅えて、私の背中にしがみついて震えてた。
私は、彼女をかばうようにして立ちながら、生首たちを睨みつけてたの。
普通の喧嘩と同じだよ。
っていって、葉子にわかんのかなぁ。
葉子ってさぁ、喧嘩したことある?
そんなに派手なやつでなくても、いいんだけどさ。
1.ある
2.ない