晦−つきこもり
>二話目(前田和子)
>F5

いつまでも、目をそらしているわけにはいかなかったのよ。
秋山君は、覚悟を決めて目線を戻したの。
そして、もう一度彼女の方に向き直った時……。
ヒナキちゃんはもう、いなくなっていたの。

秋山君は、いそいで私有地を見回したわよ。
でも、彼女の姿は見つけられなかったの。
「……田崎、今、ヒナキちゃんいたよな」
「………」
田崎君から、返事はなかったの。
彼は、一生懸命花輪を作るだけだったからね。

「田崎、田崎ってば!」
秋山君は、何回も田崎君に呼びかけたの。
でも、田崎君は花輪を作るだけよ。
こんなの、困るわよねえ。
……でね、ふと見ると、田崎君の足元には、小さなお墓があったのよ。

「なんだ?」
秋山君は、近くに寄って見てみたの。
するとお墓から、小さな赤ちゃんのような手が出てきたのよ。
そして、何かを探るような手つきをしてから、消えてしまったのよね。

お墓には、小さくこう書かれていたの。
餌を与えないでください……って。
「た、田崎……!」
秋山君は、思い切り田崎君を揺さぶったの。
餌って何だろう、そう思うと、背筋がすぼまる思いだったのよ。

なのに田崎君は、ブツブツいいながら、ただ花輪を作るだけなの。
それで、思わずその場を逃げだしてしまったわけ。
……次の日。
田崎君は、又学校を休んだのよ。

秋山君は、どうしようと思ったわよ。
私有地でぶつぶついいながら、花輪を作る田崎君の姿を思い出してね。
馬鹿よねえ、秋山君って。
それで又、私有地に行ってしまったんだから。

「秋山君、来たの?」
ヒナキちゃんは、冷たい声でそういったわ。
「田崎をどうした?」
秋山君は、思わず声を荒げてしまったの。
「おい、どこにやったんだよ!」
ヒナキちゃんに、殴りかかるような勢いでいったのよ。
本当は怖かったと思うわ。

でも、強気な態度に出るくらいでないと、どうしようもなかったのかもね。
秋山君の言い方で、ヒナキちゃんは気分を害したようだったわ。
「あなたもお墓に入りたいの?」
目を細めながら、彼女はそういったの。

目の前のお墓を指しながらね。
「田崎君ならこの中よ。今ごろは子供と仲良くしているわ」
「……子供? 子供って何だよ」
「さあね……」
「さあねって何だよ?」
「…………」

(しまった……怒らせたかな。もっと冷静に話をすればよかった)
秋山君は後悔したけど、後の祭りよ。
ヒナキちゃんはそれ以上語ろうとはせず、黙って小さなお墓を掘り始めたの。

こう、しゃがんでね。
なんか異様な光景よね。
「お、おい……」
秋山君は、本当にどうしていいかわからなかったの。
するとヒナキちゃんは、お墓の中から小さな貝を取り出したのよ。

「これあげる」
そういって、秋山君の手に貝を握らせたの。
「秋山君、もう帰って」
ヒナキちゃんの口調は穏やかだったけど、まわりの空気は張りつめていたわ。
秋山君が逆らったら、殺されてしまいそうなほどの緊張感があったの。

秋山君は、黙って従ったわよ。
一刻も早く、私有地から逃げ出したかったのかもしれないわね。
秋山君は、家に帰ってすぐさま寝ようとしたわ。
ヒナキちゃんから渡された貝を机の上に乗せて。
そして電気を消し、ベッドに横になった時……なにやら、無気味な叫びが響いたのよ。

「助けて!」
ってね。
小さな子供の声だったわ。
机のあたりから、音の振動が伝わってくるようなね。
それと同時に、田崎君の声も聞こえてきたの。
「助けて! 助けて!」

……ひどく苦しんでいるような声色だったのよ。
1.電気をつける
2.放っておく