晦−つきこもり
>二話目(前田和子)
>K2

そう。
なら、葉子ちゃんは大丈夫ね。
確かめたいなんていわれたら、どうしようかと思ったわよ。
でも、何人かいるわね。
好奇心旺盛な人が。
まあ、わかっていたけどね。
哲夫さん、そんなに腕を振り上げないでよ。

はいはい、もうわかったから。
あんたたち、この話を聞いたからって、面白がってヒナキちゃんに会いに行ったりしちゃ駄目よ。
それだけは、はっきりいっておくからね。
さもないと……何が起こるかわからないんだから。

本当よ。
いい? 今から、ヒナキちゃんに会った、最高に暗い子の話をしてあげるから。
よく聞いてね。
一年前に良夫と同じクラスだった、中沢君の話よ。
……中沢君は、当時小学四年生。

その子には、大きな友達と小さな友達がいたんだって。
大きな友達はその子のランドセル。
小さな友達はその子のランドセルについたキーホルダーだったの。
ちょっとおかしいわよねえ。

でも、ちゃんと理由があったのよ。
大きな友達は、中沢君がいい成績をとった時に、新しく買ってもらったもの。
それまでは兄のお下がりで、シナシナのランドセルを使っていたの。

新しいランドセルはキーホルダーを下げられる丈夫なベルトがついていて、中沢君の大のお気に入りだったそうよ。
そんなランドセルに、小さな友達……動物をかたどったキーホルダーが一つ揺れていたの。
中沢君ってね、お父さんの仕事の都合でよく転校をしていたんだって。

動物のキーホルダーは、前の学校の友達と交換したもの。
仲のいい友達からの、大切な贈り物だったの。
中沢君は、その子にしばらく連絡をとっていなかったんだって。
ようするに、あれよ。
中沢君、新しい学校に馴染めなかったのよ。

前の友達に電話とかしたら、今はどうって聞かれるじゃない。
それが嫌だったんでしょ。
ほら……いるじゃない。
目だたない生徒って。
おとなしくて、成績は中程。
そういう子だったのよ、中沢君っていうのは。

別に嫌われるタイプではなかったんだけど。
転校生って、最初の頃が肝心でしょ。
みんなと友達になれる機会を逃すと、その学校ではいつも一人で行動するようになってしまう。

そういうんじゃないの?
中沢君が、こっちで一人ぼっちになっていたのは。
毎日毎日、授業が終わるとすぐに家に帰る日々。
クラスの子なんて、授業中でも楽しそうにムダ話をするのによ。
中沢君はいつもだんまり。
帰る時も一人。

つまらない、こんな所はつまらないなんて思ってたんじゃない?
そんな、ある日のことよ。
学校から帰る途中で、中沢君はヒナキちゃんに出会ったの。
きっかけは、小さな友達よ。
キーホルダーのチェーンがいきなり外れて、例の私有地に入り込んだわけ。

「あっ……」
そこで中沢君は、私有地に入っていったの。
草が不揃いに生えた草むらだったわ。
キーホルダーは草の影に隠れてしまったみたいで、すぐには見つからなかったの。

「どこにいったんだろう……?」
中沢君が探していると、どこからかきれいなわらべ歌が聞こえてきたのよ。
「昨日はあの子、今日もあの子、明日もあの子と遊びましょ……」
って歌詞の。

この歌、何か変なのよ。
「明後日はあの子と遊べない。
あの子がいなくなるからね」
なんて結びがついて。
歌っていたのは、青いセーラー服を着た女の子だったの。
……ヒナキちゃんよ。

彼女、一人であやとりをしていたんだって。
中沢君は、そんなヒナキちゃんを横目で見ながら、キーホルダーを探し続けたの。
でも、なかなか見つからなくてね。
その間、ずっと彼女の歌を聞きつづけていたの。

ヒナキちゃんは、
「あの子がいなくなるからね」
って歌詞のところであやとりの形を変えていたんだって。
「あの子がいなくなるからね」
「あの子がいなくなるからね」
「あの子がいなくなるからね」
草むらに、この歌がずっと響いていたそうよ。

でもねえ、なんで高校生くらいの女の子が……こんなの歌うのかしら。
子供だったらわかるわよ。
変な歌ほど面白がって遊びに使うんだから。
……しばらくすると、ヒナキちゃんは歌うのをやめたの。

ふいに歌がとまったら気になるわよね。
自分が来たから、歌をやめたのかなとか。
中沢君だってそうよ。
それで思わず顔をあげて見ると、ヒナキちゃんと目があったんだって。

ヒナキちゃんは、ニヤニヤと笑っていたの。
ああ嫌だ、ぞっとするわよね。
ヒナキちゃんはかわいかったけど、これは怖いわよ。
でも、中沢君は笑いかえそうとしたの。
口の端をぎこちなくつりあげて。

そしたらヒナキちゃんは、笑ったまま目線を横に移したのよ。
中沢君が彼女の視線を目で追うと……小さな猫がいたの。
ヒナキちゃんは、猫の側によったわ。
そして、猫の首を撫ではじめたの。

……ねえ。
ちなみにあんたたち、猫は好き?
1.好き
2.好きじゃない