晦−つきこもり
>二話目(山崎哲夫)
>K5

へぇー、そうなんだ。
案外、葉子ちゃんは、猪突猛進型なんだな。
いや、何でこんなこと聞いたかというとな。
しばらく進んでいくと、川が横切っていたんだよ。
その川を突っ切っていけば、目的の崖まで、まっすぐに行くことができるんだ。

渡らないで川沿いに行っても、そこまで行くことができるんだけどな。
ちょっと、遠回りになってしまうんだ。

葉子ちゃんだったら、川を渡って行くんだろうが、自分らは、川を渡らずに行くことにした。
しばらく歩いてみて、ちょっと後悔したよ。
思っていたより、起伏が激しくてな。
おまけに、倒木が行く手を遮っていたりするんだ。

崖までまっすぐに歩こうとしても、邪魔になって通れないんだ。
なかなか歩きづらい所だったよ。
しばらく、悪戦苦闘しながら、進んでいった。
すると突然、仲間の一人が、大きな声を上げたんだ。

自分らは驚いて、そいつの方へ駆けつけてみた。
「おい、見ろよ……」
そいつは、地面の一角を指さしていたんだ。

葉子ちゃん、そこに何がいたと思う?
そこにはな、狸がいたんだよ。
そう、あの風間がいっていた狸だ。
その狸は、自分たちをじっと眺めていた。
『あの森には、得体の知れない力を持った狸が住んでいるんだ……』

その風間の言葉が頭に浮かんだよ。
みんな同じことを考えていたのかな。
みんな黙ったままその狸をじっとみているんだ。
気味が悪いと思って見ているからかな。

狸の目が、何となく普通とは違う色に光っているような感じさえしてくるんだよ。
自分は、気味が悪くてな。
しばらくの間、その狸とにらめっこだ。
身動き一つせずにな。
自分らが、じっと眺めているとな、その狸は、どこかへ逃げていってしまった。

無意識のうちに、安堵のため息がこぼれ落ちたよ。
みんな、同じように、大きなため息をついていた。
気がついたら、全身汗だくになっていたんだ。
思っていた以上に、緊張していたんだろうね。

自分らは、気を取り直して、先に進むことにしたんだ。
それから、三十分も歩いた頃かな。
自分らは、ロッククライミングができるという崖の所に着いたんだ。
正確には、そんな崖があるといわれていた所なんだけどな。

でも、それはなかった。
いくら探してもな。
結局、ロッククライミングができる崖があるなんて、嘘だったんだ。
わざわざこんな遠くまできてさ。
そんなのないと思うよな。

でも、怒ってみたところで仕方がない。
自分らは、あきらめて帰ったよ。
帰りも、あの狸に出くわすんじゃないかと思うと、気が気でなくてな。
知らず知らずのうちに、早足になっていたよ。

気がついたら、森の外まで来ていた。
自分らが、旅館の前まで戻ったときは、疲れてへとへとだったよ。
結局あの森には、何もなかったわけさ。
まさに、『骨折り損のくたびれ儲け』ってわけだ。

「……ちょっと待ってよ、哲夫おじさん。今の話のどこが怖いわけ?」
そう焦るなよ、葉子ちゃん。
話には、まだ続きがあるんだから。

実はな、その日の夜、旅館に来たんだよ、あの狸が。

昼間に見た、あの狸だ。
自分らは、泊まっていた部屋で食事をしながら飲んでいたんだ。
結構暑い時期だったからな、自分らは、窓を開けていたんだよ。
狸は、そこから部屋の中に入ってきたんだ。
違う狸かもしれないって、思うだろ?

でもな、一目でわかったよ、自分にはな。
なぜかって?
あの目だよ、あの目。
昼間に見たときと、同じ輝きをしていたんだ。
「おい、この狸!」
窓際にいた奴が、驚きの声を上げた。

「昼間の狸だ!!」
一緒にいた仲間らにも、その狸のことがわかったらしい。
その狸はな、物欲しそうな瞳で自分らを見つめているんだよ。
その目の光は、昼間に見たときと同じ光を放っていた。
やはり、その狸には、何か特別な力があるんだろうか!

狸は、トコトコと自分が座っているところに近づいてくるんだ。
自分はな、どうすることもできずに、固唾を飲んで見守っていたんだ。
狸は、自分の隣にちょこんと座った。
そして、自分の顔をじっと見ているんだ。

自分も、その狸のことをじっと眺めた。
狸の口からは、小さなとがった歯が、ちらりと見えている。
もしかしたら、腹が空いているのかもしれない。
そう思った自分は、とりあえず、刺身を食べさせてあげようとしたんだ。

するとな、その狸は……。
葉子ちゃん、その狸は、どうしたと思う?
1.刺身を食べた
2.刺身を食べなかった