晦−つきこもり
>二話目(藤村正美)
>A1

それでは、私がお話ししますわ。
みなさんご存じのように、私は看護婦です。
患者さんに尽くし、病気と闘う誇り高い職業だと、いつも自負していますの。
でも、こんなこと話すと、まるで自慢しているようですわね……うふふ。

私が勤務している病院は、わりと大きな総合病院なんですの。
優秀な医師と看護婦も、多いと評判です。
近くに個人病院しかないこともあって、緊急外来の患者さんは、大体うちにいらっしゃいます。
そして、あの人も…………。

雲が重くたれこめた夜でした。
夜の投薬が終わって、私たちが一息入れていたとき、緊急の患者さんが運び込まれたのです。
若い女性でしたが、頭や足から血を流して、人相もわからないくらいでしたわ。
適切な処置の結果、最悪の事態は免れました。

本当なら、危うく両足切断というところだったんですけれども。
うちの病院は、優秀な医師と看護婦が揃っていますもの。
……あら、これは自慢じゃありませんわよ。
よく、そういわれているんです。

あとは、彼女の回復を待つばかりでした。
ところが、次の日目覚めた彼女は、両足のギプスに気づくと、悲鳴をあげたのです。
取り乱して、わめいて、私たちのことを、まるで人殺し扱いするんですわ。

私たちは、命の恩人ですのよ。
ええ、もちろん「礼をいえ」などとは思いません。
私たちは、見返りのない愛を、患者さんに捧げるのです。
看護婦の仕事って、そういう意味では母性そのものですわよね……。

それなのに、彼女はヒステリックにわめくだけ。
恩知らずとは、このことだと思いましたわ。
けれど、実は彼女は河合さんといって、将来を嘱望されたバレリーナだったのですわ。
そういえば、手当をして血を拭った彼女の顔は、意外に可愛らしかったですわね。

意志の強そうな太い眉毛がアクセントになって、個性的な人でした。
すんなり伸びた手も、体つきも女らしくて。
さぞや、チュチュや王冠が似合ったでしょう。
バレリーナにとって、足のケガって重大ですわよね。

私には、彼女の気持ちがわかりましたわ。
そうと知ったからには、私は精いっぱいのお世話をしようと思いました。
だって、患者さんには愛が必要なんですもの。
でも、おとなしくなったと思ったら、今度は食事をとらなくなってしまったのです。

まるで、踊れないなら死んだほうがマシだ、とでもいうようにね。
事態は、かなり深刻なところまで来ていました。
本当に困ってしまいましたわ。
患者さん自身に治ろうという気持ちがなければ、治療できるものではないんですわ。

河合さんは、とても難しい患者さんに見えました。
葉子ちゃんも、同意していただけるでしょう?
1.大変な患者だと思う
2.そうでもないと思う