晦−つきこもり
>二話目(藤村正美)
>C4

そうなんですの?
でも、焦ることはありませんわよ。
いつかきっと、あなたを本当に理解して、愛してくれる人が現れますから。
いえ、本当はもう、現れているのかもしれませんわね。

それに気づいていないか……それとも、恥ずかしくて嘘をついているのかしら。
愛は、恥ずかしいものではなくってよ。
愛する者のためなら、人はどんなことでもするものですわ。
真壁さんは、塩を持ってきていたんです。

塩って、邪悪なものを浄める力があるといいますものね。
だから、彼女に塩を投げつけたんですわ。
「ぎゃあああっ!」
しわがれた悲鳴が、あがりました。
河合さんが、足を抱えるようにして、のたうちまわっています。

足が、自分の苦しみを彼女にも与えているのでしょう。
それを見て、真壁さんの顔色が変わりました。
恋人を苦しめるつもりは、なかったんですものね。
その一瞬の隙をついて、河合さんが飛びかかってきたのですわ。

いいえ、正確にいうならば、彼女の足が……ですわね。
真壁さんに体当たりしたんです。
バランスを崩した真壁さんは、フェンスにぶつかりました。
すると、腐りかけたフェンスの基礎部分が、崩れてしまったのです。

二人はもつれ合ったまま、フェンスの向こうに投げ出されてしまいました。
真壁さんは、何とか土台部分にしがみつきましたが、河合さんは放り出されてしまったのですわ。
彼女は、まっ逆さまになって、固い地面へ向かって落ちていった……と思うでしょう。

ところがですわ。
真壁さんは、とっさに腕を伸ばして、彼女を捕まえたんです。
そのまま、片腕で彼女の全体重を支え続けたんですわ。
よく、そんなことができますわよね。

これも、愛の力というものかしら。
1.そうだと思う
2.そんなことはない