晦−つきこもり
>二話目(藤村正美)
>H8

そうね、不思議な話だけど、なぜか真実味がありますもの。
そのことがあって、噂は今まで以上に広まりました。
河合さんは、ますます不安になったのですわ。
それは、恋人の真壁さんにも、どうしようもなかったのです。

そしてある夜のことでした。
寝ていた彼女の耳に、あの音が聞こえてきたのですわ。
ぴしゃ……ぴしゃ……。
彼女の背中に、冷たいものが走りました。
地の底から聞こえてくるような、陰気な音。

彼女は、凍りついたようにドアを見つめました。
すると、音もなく、ドアをすり抜けて、一組の足が入ってきたのです。
カーテンのすき間から、かすかに月光が差し込んでいました。
そして、ちょうど目の前に、白く浮かび上がった足。

「あ……!」
河合さんは息を飲みました。
それから、おずおずと身を起こしたのですわ。
「ど、どうして……こんなところへ来るの? 私に、何の用なの……」
気の強い方ですわね。

足は立ち止まっていました。
まるで、彼女の話を聞いているように。
「どうなのよ、何か用なら……」
いい募ったとき、足が動き始めたのです。
息を詰め、彼女は待っていました。

足はだんだん近寄ってきます。
もうすぐ、思わず伸ばした彼女の手に触れます。
そして…………。
足は、河合さんの手をすり抜けました。
そのまま、スウッとギプスに重なって、消えてしまったのですわ。

次の瞬間、奇妙な感覚が彼女を襲いました。
ふわりと持ち上げられたような……?
そうして、彼女は歩き出しました。
いいえ、歩かされたのですわ。
まだ、足は完治していません。

それなのに、痛みどころか自分の体重も感じないまま、ギプスをしたままの足が、勝手に動いていたのです。
足の霊がとりついていたのでしょう。
彼女の意志とは関係なく、足は階段を上っていくのです。

手すりをつかんでも、下半身は構わず進んでいきます。
腕と、伸びきった背筋の痛みに耐えきれず、彼女は手を離してしまいました。
屋上へ続くドアが、目の前で音もなく開きました。

気がつくと、河合さんは真っ暗な屋上に立っていたんですわ。
足の動きは止まりません。
河合さんを、まっすぐ屋上の端へ連れていくのです。
このままでは落ちてしまう。

……もちろん、足の狙いもそれでしょう。
彼女を飛び降りさせて、自分の仲間にするつもりなのですわ。
「そんな……そんなこと、やめて!
私が何したっていうのよぉっ!」
彼女は叫びました。

もしかしたら、声を聞きつけて、誰か来てくれるかもしれないと思ったんですわ。
けれど、その途端に、足の動きが速まりました。
屋上のフェンスを乗り越えようとします。

押さえつけようとしても、いうことを聞かないのですわ。
河合さんは、必死でフェンスにしがみつきました。
「た……助けてぇ! 誰か助けてーーっ!」
「河合さん!」
その声を聞きつけたように、屋上のドアが開かれました。

そこには、河合さんの恋人の真壁さんがいたのです。
彼女がいないのに気づいて、追いかけてきたのですわ。
愛の力って、偉大ですわね。
葉子ちゃんには、恋人がいるのかしら?
1.いる
2.いない