晦−つきこもり
>二話目(藤村正美)
>L6

そう、人間なんてみんな、そういうものかもしれませんわね。
吉村先生も、きっと例外ではないのでしょう。
ただ、そのときの先生は、ちょっぴり悲観的な方に傾いていたのではないかしら。
このままでは、ドアを開けられたら見つかると思ったのでしょう。

向かって左側のベッドの下に、潜り込んだんですわ。
何とか全身が隠れた一瞬後、ドアのノブがまわりました。
かちゃり……という小さな音が、吉村先生の鼓膜を震わせました。
とっさに悲鳴をあげそうになって、先生はあわてて、自分の腕を噛んで堪えました。

そうしながらも、侵入者を一目見ようと、ドアを見つめていたのですわ。
ところが、ドアは開きませんでした。
「!?」
吉村先生が、つばを飲み込もうとしたとき。

ベッドのすぐ横で、何か白い物が動きました。
振り向くと、そこには……。
ふくらはぎから下しかない、一対の足がいたのですわ。
足なのに、「いた」
なんておかしいかしら?
でも、そうとしか表現できないのですわ。

足は確かに、自分の意志で、そこにいたのですもの。
一瞬にして、口の中が干上がるのがわかりました。
体がこわばって、もう悲鳴も出ません。
足はまっすぐ、自分の方へ歩いてくるようです。

おかしなことに、体重を感じる、しっかりした歩き方だったらしいですわ。
筋肉の動きさえ、わかったそうです。
下だけ見ていれば、生きている人間と変わらないような。
けれど、そんな錯覚をあざ笑うように、青ざめた肌の色。

そして滴り落ちる水滴……。
逃げた方がいいのかもしれません。
けれど、先生は、このまま隠れていることにしました。
もしかしたら、逃げようにも、体がいうことを聞かなかったのかもしれません。

祈るような気持ちで、目をつぶっていたのです。
足音がどんどん、近づいてきます。
生きている人間なら、息づかいだって聞こえそうな近さです。
体中から、滝のように汗が流れます。

心臓が高鳴って、今にも爆発しそうです。
ぴしゃ、ぴしゃ……。
そして。
息詰まる一瞬が過ぎて、足音がベッドの横を通り過ぎました。
そのまま、壁に向かって歩く音が聞こえます。

奇妙だと思って、先生はそっと覗いてみたそうです。
窓際まで歩いていった足は、ためらいもせず歩き続けます。
そして先生が見ている前で、壁に溶け込むように、スウッと消えたのですわ。
先生は悲鳴をあげて、病室を飛び出しました。

吉村先生が、ナースステーションに駆け込んできたときには、何事かと思いましたわ。
だけど……こんな話、少しできすぎという感じもしますわよね。
葉子ちゃんは、信じられるかしら?
1.信じる
2.信じない