晦−つきこもり
>二話目(前田良夫)
>O5

葉子ネエって、白ける奴だな。
あんまり、人の話の邪魔すんなよな。
俺は、テープをはがしたかったんだ。
だけど、何となく嫌な感じもしたんだよな。
やめておいた方がいいかも。

…………やっぱりやめとこう。
俺は、テープを上からなでた。
その途端、ぱらりとテープがはがれ落ちたんだ。
あわてて拾い上げようとした俺の目の前で、ギギイッとほこらの扉が開いた。
いっぱいに開かれた扉の向こうに、黒っぽい何かが、もぞもぞ動いているのが見えた。

なんだ?
確かめようと、覗き込む。
黒い塊がこっちを見た。
手のひらを広げたくらいの、小さなドクロ。
薄汚れて黒ずんだドクロの目が、俺を見たんだ。
俺は悲鳴をあげようとしたよ。

だけど、それより早く、ドクロが俺の胸に飛び込んできたんだ。
ドッジボールを、胸元に投げつけられたみたいだった。
受け止め損ねた、と思った瞬間に、ぶつかるはずだったドクロが、スウッと胸の中に入っちまったんだ。

そして、俺は立ち上がった。
別に、立ち上がりたくなかったよ。
体が勝手に動いたんだ。
陽があたったほこらの床に、長い年月に風化して、ボロボロに崩れた木の板みたいなもんがあった。

腐りかけて、折れて散らばっている。
これは……お札?
遠い昔に、誰かが何かを、ここに封じたってわけ?
俺の足が勝手に歩き始めた。
まっすぐに、湖の方へ歩いていく。

このままじゃあ、湖の中に入っちゃうぞ。
俺はあわてた。
でも、足はお構いなしに、水の中に踏み込んだ。
スニーカーと靴下ごしに、チクチクと肌を刺すような冷たさを感じたよ。

冗談じゃないぜ。
俺は後ろを振り返った。
誰もいない。
目の届く距離には、何一つ動く物がないんだ。
それでも、俺は叫んだぜ。
「助けてくれーっ! 誰か、来てくれーっ!」

もう、半分泣いてたな。
格好悪いけど、怖かったんだ。
抵抗したくてもできないんだぜ。
機械みたいに、自動的に運ばれちゃうんだ。
踏ん張ろうにも、どこに力を入れていいか、わからないんだもんな。

俺の足は、湖の真ん中目指して、歩いて行くんだ。
もう水は、腿の辺りまで来ていた。
水が冷たいってことはわかるのに、前に進む足一本、止められないなんて。
俺、このまま死ぬのか?

足がつかなくなるまで歩いて溺れ死ぬなんて、考えただけでゾッとした。
心臓マヒで死んだ方が、絶対に楽だぜ。
いっそのこと、舌を噛んで死のうかと思ったよ。

「前田、何をしているんだ!」
そのとき、後ろから、俺の肩をつかんだ奴がいたんだ。
振り向くと先生だった。
ゴツイ手が、俺を抑えてる。
よかった、助かったんだ……。
そう思った瞬間、俺は気を失っちゃったんだよ。

起きたら、なんか大騒ぎになってたな。
俺が自殺しようとしたことになっててさ。
先生も友達も、すっごく優しくしてくんの。
この俺が、自殺しそうに見えるのかって。
1.見える
2.見えない