晦−つきこもり
>三話目(真田泰明)
>H10

そうか、俺は戸惑った。
そしてもう一度、ノブをとったんだ。
するとドアが開いたのさ。
さっきは確かに鍵がかかってたのに……。
中はシーンと静まり返っている。
誰も居ないようだ。

鍵が壊れたっていうんじゃなくて……。
誰かが鍵を開けた、そんな感じだった。
家の中は、シーンと静まり返り人の気配はなかった。
不法侵入だな……。

俺の頭にはそんな現実的な考えが浮かんだが、それを実感として受け取ることはできなかった。
このモラルの欠けた行動に、何の抵抗も感じなかったのさ。
そしてさらに奥へと、俺は足を進めたんだ。
静まりかえった家の中は、時折、寒気すら感じる。

この異常な雰囲気が、俺の気のせいなのか、それとも本当に何かがいるのか、まったくわからなかった。
さらに奥へ進むと、廊下は一つのドアに突き当たった。

ドアを開けようか、俺は迷った。
が、次の瞬間……!
「誰なの!?」
ふいに、背後から女性の声がしたんだ。
振り向くとそこには……。
北崎洋子本人が立っていたんだ。

「あらヤダ、泥棒かと思ったら真田君じゃない」
そういって、彼女は満面の笑みを浮かべたんだ。
「どうしたの? 今日って約束してたかしら?」
はっきりいって、俺は気まずかった。

実はさ、俺、面倒見のいい北崎さんには、昔からお世話になっていたんだ。
もう、俺は罪悪感でいっぱいだったさ。
視聴率のためとはいえ、うっかり恩を仇で返すところだったんだからな。

「どうしたの、今日は? 本当に泥棒かと思ってびくびくしてたんだから」
「すいません」
俺は、ことのいきさつを彼女に正直に話したさ。
そして、彼女を視聴率のネタにしようとしたことを心から謝ったんだ。

北崎さんは、母親のような眼差しで俺を許してくれたよ。
そればかりか、行方不明の出川の心配まで……。
彼女はわりと勘が鋭いほうで、どんなに極秘で取材されていても、たいてい気付いているんだそうだ。

その彼女ですら、今回は取材されている感じはなかったというんだから……。
出川の奴、いったいどんな取材をしてたんだ?
北崎さんは、力になれなくて……と申しわけなさそうにしていたが、俺の方こそ申しわけない気分だったよ。

すると、彼女は、企画を続ける気があるのなら協力してもいい……、とまでいい始めたんだ。
黙り込んでしまった俺を、力付けようとしてくれていたんだよ。
とても有り難い申し出だった。
だけど、いつまでもそれに甘えてちゃいけないよな。
だからさ、俺は、

「いえ、やはりもう一度、正統派の報道を目指してみます」
って、彼女の目を見てきっぱりと答えたんだ。
彼女も、俺の気持ちを理解してくれたよ。
あいかわらず、母親のような優しい微笑みを浮かべてた。

「でも、せっかくだから家の中を見て行ってよ。この家に来たのは初めてでしょ」
そういって、彼女は家の中を案内して回ったんだ。
以前、彼女の住まいを訪れたのは、彼女が海辺の家に住んでいたころだ。

北崎洋子の人間嫌いは有名で、一ヶ所に落ち着いて暮らしたことがない。
でも、こんな住宅街に家を持つのは初めてだったと思う。
どういう心境の変化だろうか。
そろそろ人恋しくなったんだろうか。

「北崎さん、どうしたんですか、こんな住宅街に住むなんて」
「今はどこでも同じよ。むしろ、こうした新興住宅街の方が人が少ないくらいだわ。昼間なんか、ほとんど無人よ。ここまで来る途中、全然、人を見なかったでしょ」
いろんな部屋を見せてもらったよ。

リビングから始まって、客用の寝室、ドレスルーム、キッチン……。
どれも、家庭的で少女趣味な北崎さんらしい部屋だったよ。
家中を案内しながら、彼女は子供のようにはしゃいでた。
彼女といるといつもそうだ。
北崎さんのペースに巻き込まれる。

でも、悪い気はしない。
そして……。
俺が最後に案内されたのは、えらく殺風景な部屋だった。
「どう、稽古の部屋。防音になっているの」
黒い壁に囲まれた、窓が一つもない部屋だ。
その黒い壁に、ポツンと白い無表情の面が掛かっている。

「北崎さん、あれは何ですか」
俺は、その仮面を指差して聞いた。
「ああ、あれ。あれは舞台の稽古で使うのよ。舞台って顔の表情が良く見えないでしょ。だから、表情に頼らずに体全体で表現するための稽古に使うの」
彼女はちょっとまじめな顔をして、そう答えた。

さすが女優だな……って、俺があらためて感心した時……。
あれ? と思ったんだ。
ポケットの中に入れていた、例の石が震えたような気がしたのさ。
葉子ちゃん、どう思う。
この石のこと。
1.なんか、怖い
2.幸運のお守りだと思う


◆一話目〜二話目で石の話を聞いている場合
1.なんか、怖い