晦−つきこもり
>三話目(真田泰明)
>I11

そうだね。
でも、その時は、そうは思っていなかった。
この時の俺は、この石を気休め程度にしか思っていなかったんだ。
俺たちは、リビングに戻ると一息ついたのさ。

リビングから見える庭は、きれいに芝が引かれ、それを囲む壁は普通の家よりは少し高いようだ。
んん? あれは……?
リビングから張り出したテラスに、子供のおもちゃが置いてあったんだ。
俺は不思議に思ったよ。
だが、ついさっき

『正統派の報道を目指してみます』
って、決心したばかりじゃないか。
その決心が、深く追求することにブレーキをかけたのさ。
するとさ……。

「スクープ発見てとこかしら?」
って、彼女が話しかけてきたんだ。
彼女は、俺がおもちゃを見つめていることに気付いてたんだな。
心の奥を覗かれてるようで、俺は戸惑ったよ。

「でも、あれは妹の子供のおもちゃ。残念だったわね、ふふっ」
その後は、たわいのない世間話をちょっとして……。
あまり長居するのも悪いと思って、俺は玄関を出たんだ。
外は、すでに薄暗くなっていたよ。

でも相変わらず人の気配はなかった。
あらためて彼女の新居を眺めながら、俺は今までの出来事をもう一度考えなおしていたんだ。
出川が北崎さんの取材で行方不明になった……。
しかし、彼女はまったく関係ないように思える。
その時……。

「きゃははっ」
立ちすくんでいる俺の耳に、子供の笑い声が響いた。
(えっ……? 北崎さんの家から……?)
俺は耳を疑った。
「きゃははっ、きゃはは」
確かに、北崎さんの家から聞こえる。
俺は当惑した。

彼女に対して抱いていた罪悪感との間で、気持ちが揺れた。
何を考えればいいのか、何をすればいいのか、俺の頭は真っ白だった。
ふと、行方不明になった出川のことが頭に浮かんでくる。
彼は新人の中でも、よく働く奴だった。
俺を慕ってくれていた。

彼は…………。
そこで考えが止まった。
俺は、やはり真相を調べるしかないと思ったのさ。
北崎さんには悪いが、そう決心すると、俺は彼女の家の門をもう一度くぐったんだ。
ゆっくりと物音をたてないように慎重に……。

確か、庭へと出入りするドアがあったはずだ……。
俺は庭から回って、家の中の様子を伺おうと思ったんだ。
案の定、そこにはドアがあった。
「きゃはは、きゃはは……!」
その時、それまで響いていた子供の声が、ピタリとやんだんだ。

俺が不振に思っていると、突然、目の前のドアが開いたのさ。
そこには、北崎洋子の顔があった。
「あら、真田君、帰ったんじゃなかったの……?」
彼女は不気味に微笑みながら、俺を見下ろしていたよ。
そして、彼女の背後には、俺を見つめる小さな二つの目。

子供が隠れるようにして立っていたんだ。
「中に入って。紹介するわね。この子が、さっき話した子よ」
彼女の言葉には、俺に嫌とはいわせない響きがあった。
ピストルでも突き付けられているような気分で、俺は家の中に入ったよ。

俺は、再びリビングに招き入れられたんだ。
すべてを先導したのは、彼女の背後にいた子供だった。
子供は、まるでどこかの国の王子のように堂々とソファーに座る。
北崎さんはその脇へ付き従うように座り、俺には、向かい側のソファーを指し示す。

この子はいったい……?
って思ったよ。
普通、自分の甥っ子に対して、こんな態度はとらないよな。
妹の子供にしては不自然すぎるだろ。
俺が、言葉につまってると、
「君は僕の洗礼を受ける気はあるかい」
って、子供が俺に聞いたんだ。

見た目は三歳ぐらいだろうか。
それにしては、言葉が不自然に大人びてるよな。
さらに言葉を失っている俺に、今度は北崎さんが話し掛けたんだ。

「真田君、洗礼を受けた方がいいわ」
彼女の声は、まるで親友に対するやさしいアドバイスのようだったよ。

「あなたはこの方に認められたのよ。洗礼を受ければ、この方が成長したあかつきに始まる、新たなる帝国で第三の地位を得ることになるの」
彼女はうれしそうに微笑んでいた。
俺は当惑したよ。

いったい何が起こっているのか、俺にはどうしても理解できなかったからね。
すると子供が、また口を開くんだ。

「君には、何か、今の僕の力では、理解できない強力な力を感じる。しかし、僕を甘く見ない方がいいよ。あくまでも、今の僕は成長中なんだからね。僕の力は、まもなく君の力を越え、最終的にはこの人間界を大きく包み込むのさ」
って。

彼らはそういうが、俺にはそんな力なんかない……。
いったい、彼らは何をいっているんだ……?
そう思うだろう?

それとも、葉子ちゃん。
こんなことは、信じられないかい?
1.泰明さんの話を聞くと本当のことに聞こえる
2.いきなりそんなことをいわれても信じられない


◆一話目〜二話目で石の話を聞いている場合
1.泰明さんの話を聞くと本当のことに聞こえる