晦−つきこもり
>三話目(前田和子)
>C10

葉子ちゃん、答えを出すのが遅いわよ。
まあ、私もそうだったんだけど。
どうしていいか、わからなくなってしまったのよね。
焦れば焦るほど、行動できなくなって。

しばらくそのままじっとしていたのよ。
……犬は、何もしてこなかったわ。
ただ、何かの影が私の側を通ったの。
何だろうって思って影を追ったら……又、犬の方を見てしまったのよ。

犬は、病院を見ていたわ。
私なんか見ちゃいなかったのよ。
体が透けていたから、あれは霊よね。
私が見た夢は、本当にあったことだったのよ。
図書館で読んだわ。

夢には、不思議な現象が起こった例がいくつもあるってね。
たとえば……霊が何かを伝える為に、人に夢を見させたとか。
ねえ、女の子と犬は事故にあったのよ。
そして犬は、病院に連れていかれた女の子を捜しているうちに、死んでしまったのよ。

でね、そんなことを考えていたら、又何かの影が揺らいだの。
よく見たら、中学生くらいの子だったわ。
制服を着ていたわね。
その子は、驚いたような顔をして、ボールを手に取ったの。
「そのボールは、触っちゃ駄目よ」

私がそういったら、ちょっと顔をしかめてたわね。
それで、こんなことをいいだしたのよ。
「いや、これ……私が持っていたボールと似ていたから」
くりくりした目。
長いまつげ……。

……偶然ってあるのね。
私、ピンときたわ。
彼女は、犬と一緒にいた女の子だって。
夢の中の女の子は、中学生になっていたのよ。
でもね、慌てて犬を見たら……何の反応も返ってこなかったのよ。

犬は、病院を見ていたの。
目の前の女の子を無視してね。
きっと、気付かなかったのよ。
彼女こそが、捜していた女の子だってことに。
「あ、ちょっと待って!」
私が犬のほうに気をとられていたら、女の子は立ち去ろうとしたのよ。

どうやら、彼女のほうも犬が見えていないようだったわね。
女の子は何だか急いでいるみたいだったの。
だから私、犬のこと覚えてるわよねって、一言だけいったの。
そうしたら、その子は目を見開いて、どの犬のことですかって聞いてきたのよ。

「どの犬って……ほら、あなたが交通事故に遭った時、一緒にいた犬よ」
「えっ、どうしてそのことを知っているんですか?」
「私、あの時側にいたのよ」
「……そうだったんですか。コロは、あの後どうなったのかな。捜したけどいなかったんです」

それを聞いて私、彼女にこういったの。
犬は事故の後に、自分で歩いていたわよって。
彼女、犬のことをずいぶん捜していたんだって。
けれど全然見つからなくて、まさか保健所に……なんて思っていたらしいわね。

彼氏も一緒に捜したっていってたわ。
実はね、その時も、彼氏とデート中だったのよね。
彼女がボールに気をとられて立ち止まっていたから、先を歩いていた彼氏が、遅いなって思って戻ってきたのよ。

その男の子を見た時、何かどこかで会ったことがあるような気がしたわ。
それで、もしかしたらと思って聞いてみたの。
彼女と犬が事故にあった時、側にいた男の子なのかって。
「えっ……事故って……」

その男の子、そういったきり、驚いて黙り込んでしまったわよ。
私、続けていってやったの。
「ほら、彼女と犬が事故にあったでしょ。知ってるんだから。どうしてあんなことをしたの? 女の子はいじめちゃ駄目よ。あなたが彼女のボールを道路に投げたりしなければ、あんなことにはならなかったのに」

「…………」
「やめて下さい」
そういったのは、女の子のほうだったわ。
「あのボール、彼から貰ったものだったんです。私が犬と遊んでてボロボロにしてしまったから、彼、ついムッときて……もういいんです。あの時のことは」

女の子は、男の子の腕をつかむと駆けだしたの。
「あっ、犬がどこにいるか聞かなくていいの!?」
二人は、そのままどこかに行ってしまったのよ。
私、ちょっと唐突だったかなって思って。

気まずい気分で、犬の方を見たのよ。
そうしたら、犬はまだ病院を見ていたの……。
なんだかいたたまれなくなって、その場を走り去ってしまったわよ。
あの犬、まだあそこにいるのかしら。

女の子に会いたいって気持ちを、ずっと持ち続けるのかしら。
ねえ葉子ちゃん、このまま放っておいていいと思う?
1.いい
2.よくないよ