晦−つきこもり
＞三話目（山崎哲夫）
＞A2

あの時、葉子ちゃんが川に落ちちゃって、大変だったよなぁ。
すかさず、自分が飛び込んで助けてやったんだ。
葉子ちゃんって、泳げないんだもんな。

あんまり暴れるから、自分まで溺れそうになったんだぞ。
なんとか助けると、葉子ちゃんが、息をしていないんだもんな。
自分は、焦ったよ。
……あれ？　覚えてないの？
自分が、人工呼吸をして助けてやったんじゃないか。

マウス・トゥ・マウスってやつだ。
葉子ちゃんは、知ってる？
自分が人工呼吸ができなかったら、今頃葉子ちゃんは天国にいたのかもな。
がっはっはっはっは。
いやぁ、そんなこともあったな。

懐かしいな、葉子ちゃん。
それで、本題なんだけどな。
葉子ちゃんは、覚えているかい？
何年前だったか、夏がものすごく暑い年があっただろ？

ちょうどその年のことだ。
自分はな、後輩四人を連れて、沢登りに出かけたんだ。
滝ヶ谷ダムというところまで、タクシーで行ってな。

そこから、林道を歩いて約五時間。
そこまで行くと、普通の人は滅多に入り込まないところでな。
自然が手つかずのまま、残っているんだ。
樹齢何百年にもなる木や、青々と茂った草木。

それらが広がる雄大な自然の中で、これから四日間かけて沢を登って行くんだ。
まあ、なかなか楽しい沢登りだったぞ。
後輩の二人も、沢登りに関してはかなりの経験者だからな。
かえって自分の方が足手まといになるくらいだ。

石がごろごろ転がっているところを歩いていったりするんだ。
歩けないところは、川に入って泳いだりしてな。
ただ登っていればいいわけじゃないぞ。
ちゃんと、どこを通っていくか考えて登っていかなければならないんだ。

そうしないと、よけいに疲れたり登れなくなったりするからな。
まさに自然との知恵比べだ。
どうだい？　葉子ちゃん。
おもしろそうだろ？
１．おもしろそう
２．そうかな