晦−つきこもり
>三話目(山崎哲夫)
>X3

なあ?
覚えているだろ?
自分は、あの時焦ったよ。
急いで、自分が助けたからよかったものの……。
もう少しで手遅れだったよ。
引き上げるとさ、良夫君、息をしていないんだもんな。

自分が、人工呼吸をしてあげなかったら、確実に死んでいたぞ。
「ええっ!
葉子ネエ、そんなひどいことをしたのかよ!」
「なんであんなことしたのか、私にもわからないのよ。気がついたら、良夫を突き落としていたの……」

人工呼吸をしていたとき、葉子ちゃんは、自分らが『チュウ』をしているって、笑ってたよな。
「だって、何をしているのか、わからなかったんだもの……」
まあ、助かったからよかったんだけどな。
川には、そんな思い出があるよ。

自分が、今からする話も、そんな川で起こった話なんだ。
いや、今度の川は、葉子ちゃんをつれていったような、その辺の川じゃないがな。
葉子ちゃんは、覚えているかい?
何年前だったか、夏がものすごく暑い年があっただろ?

ちょうどその年のことだ。
自分はな、後輩四人を連れて、沢登りに出かけたんだ。
滝ヶ谷ダムというところまで、タクシーで行ってな。

そこから、林道を歩いて約五時間。
そこまで行くと、普通の人は滅多に入り込まないところでな。
自然が手つかずのまま、残っているんだ。
樹齢何百年にもなる木や、青々と茂った草木。

それらが広がる雄大な自然の中で、これから四日間かけて沢を登って行くんだ。
まあ、なかなか楽しい沢登りだったぞ。
後輩の二人も、沢登りに関してはかなりの経験者だからな。
かえって自分の方が足手まといになるくらいだ。

石がごろごろ転がっているところを歩いていったりするんだ。
歩けないところは、川に入って泳いだりしてな。
ただ登っていればいいわけじゃないぞ。
ちゃんと、どこを通っていくか考えて登っていかなければならないんだ。

そうしないと、よけいに疲れたり登れなくなったりするからな。
まさに自然との知恵比べだ。
どうだい? 葉子ちゃん。
おもしろそうだろ?
1.おもしろそう
2.そうかな