晦−つきこもり
>三話目(鈴木由香里)
>A2

そうかぁ、葉子でも自殺を考えたことあるんだ。
うーん、最近じゃ、小、中学生の自殺って増えてるからなぁ。
えっ? 私?
私は駄目だよ。
たった今死んだらどうなるかなぁ……? って考えたことがあるんだ。

中学生ぐらいだったのかなぁ。
でもその時は、連載中のマンガや、連続ドラマの続きが気になるから、どうしても今は死ねないなって結論が出ただけだった。
それっきり、考えたこともなかったよ。

今?
今はね、別にいつ死んでもかまわないんだけどさぁ。
なんだか自殺するのも面倒臭くって……。
自殺が悪いことか、そうでないかなんて、私にはわかんないし。

ただ、これからする話は、少なからず自殺に関係した話なんだ。
これは、私の先輩から聞いた話なんだけど……。
えーっと、井上史郎っていうんだけど、やっぱり彼もフリーターでさぁ。
私と同じ、高額なアルバイトばかりを狙う、さしずめライバルってとこかな。

「俺さぁ、この前、すっげーバイトに行ったんだぜ」
先輩は、目をらんらんと輝かせながら、話し始めたよ。
……自殺の名所って、聞いたことない?
なぜか、自殺者が後を絶たない場所。

その場所で死ぬために、様々な所から人が訪れる場所。
似たようなマンションが林立するマンモス団地や、風光明媚な観光名所。
切り立った断崖絶壁だったり、水面に月を映す湖だったり、いろいろあるけどさぁ。

でも、一番有名なのっていったら、やっぱり青木ヶ原樹海だよね。
富士山のすそ野に広がる青木ヶ原樹海は、迷いの森と呼ばれるにふさわしい、日本最大の魔境だよ。

ただ樹木が生い茂ってるってだけじゃなく、大地そのものが、磁力を含んだ溶岩流が冷え固まってできてるため、森の中では、一部、磁石も使い物にならなくなるとか。

しかも、溶岩が冷え固まる時に生じた溶岩洞窟が無数に点在してるから、なかなか思ったようには進めないんだって。
ね、まさに、迷いの森でしょ?
ここでは、年間、三十人から四十人の自殺体が発見されてるっていうよ。

井上先輩の行ったバイトっていうのは、樹海での遺体捜索だったのさ。
自殺者の多いこの樹海では、年に何回か付近の警察署員や、消防団、アルバイトの学生なんかを集めて、樹海内を一斉捜索するんだって。

総勢三百人くらいのメンバーが、幾つかのチームにわかれて行動するらしいね。
でもさぁ、なんといっても『迷いの森』だから、捜索隊の方も命懸けだよね。
自分たちが迷ったら、洒落にもなんないじゃん。

捜索隊は、命綱ともいえるロープを張り、お互いに声をかけあいながら樹海の奥深くに入って行くんだって。
それでも、捜索隊の先頭を行くリーダーが、うっかり穴に落ちたりしたら、もうアウトだけどね。
けっこう、こういうアクシデントってあるのかなぁ。

井上先輩たちのグループも、ちょっとしたアクシデントがあって樹海で一夜を明かすことになったのさ。
そろそろ、引き上げないとヤバイぞ……って頃。
先輩は、木々の間を歩いてく白い服を着た人を目撃したんだって。

目撃ったって、ちらっと見えただけ。
その人は、すぐに森の奥へ消えちゃったのさ。
別のチームが移動してるのかと思いもしたんだけど、白いコート姿っていうのがどうしても気になって、リーダーに報告したのよ。

「自殺しようと、入ってきた人かもしれないな」
どう考えてみても、その可能性の方が高いよね。
だったら、保護しないとまずいだろう……。
ってことで、その白いコートの人が消えた辺りを、どんどん奥へ踏み込んでいったんだって。

奥へ進むと……。
確かに、白いコートの裾と思えるものが、木々の間に見え隠れしてる。
緑の葉陰に、白い裾がヒラヒラとはためいて……。
でも、けっきょく先輩たちは白いコートの人には、追い付けなかったの。

いつのまにか、白いコートを見失ってたのよ。
昼間でも薄暗い森の中だからさぁ、日が暮れ始めると、あっという間に真っ暗になるんだって。
そうなると、いくら捜索隊といえども完全にお手上げじゃんね。
懐中電灯の頼りない光をあてにして進むには、樹海は危険すぎるもの。

夜の樹海を歩き回るなんて、まさに自殺行為だよ。
先輩たちは、木々の間に、ほんの少しだけ平らなスペースを見つけると、そこで野宿することにしたのさ。
いちおう、全員が救命具は装備してるし、食料も充分に持ってるから不安はなかったそうだよ。

その辺から枯れ枝を集めると、火を起こし、みんなで囲んでたんだって。
暖かい光があると、やっぱり雰囲気が変わるよね。
簡単な食事をして、捜索隊のメンバーもようやく一息つけたのさ。

それで、交代で見張りをたてて、仮眠を取ろうってことになったのよ。
最初の見張り役は、井上先輩がかってでたんだって。
なんでかなぁ……?
1.責任を感じて
2.眠くなかったから
3.白いコートの人が気になって