晦−つきこもり
>三話目(鈴木由香里)
>C6

そうかぁ、葉子は遺体を前にすると楽しくなるんだ。
もしかして、死体愛好家ってやつ?
冗談だよ、冗談。
そんなに怒らないで。
井上先輩にも、死体愛好家だって噂はなかったからさ。

恐ろしくって、たまんなかったんじゃないかなぁ。
それで、井上先輩は恐怖に引きつった顔を水面から出すと、シュノーケルを外して頼んだそうだよ。
「お願いです。僕を帰らせて下さい」
って。

すると、ダイバーたちに指示を出すボートの上にいた二階堂さんが、こっそりと、先輩に耳打ちしたんだって。
「死体は無視してかまわない。それよりも、滝壷の底に黄色いバッグが落ちているんだ。それを取ってきてくれないか」

「えっ!?」
「お礼ははずむよ。大事なものが入ってるんだ。頼む!」
その時の二階堂さんは落ち着きがなく、何かいかにも重要な秘密が隠されてそうな雰囲気だったんだって。
それを敏感に感じ取った先輩は、再び装備を整えて水の中へ。

渦に巻かれないよう、死体をなるべく見ないようにして、水底へ。
深く潜ればそれだけ光の届かない世界になる。
さすがに、底まで潜るのは無理か!
って、考えがよぎった時……。

ふいに、目の端に黄色い物体が入ったんだって。
手を伸ばして取ると、確かにそれは黄色いバッグだった。
そこは、ちょうど崖の岩がせり出してできた棚のような場所で、二階堂さんの探し物は、水底まで落ちないで、この棚に引っ掛かってたのよ。

先輩はバッグをしっかりと抱きかかえると、ゆっくりと上昇を始めたの。
……先輩が戻った頃には、遺体の引き上げ作業の方は、ほとんど終了してたんだって。
そして、ニコニコ顔の二階堂さんが先輩を迎えたのさ。

先輩は拾ってきた黄色いバッグを、二階堂さんに見せ、こう尋ねたのさ。
「お探し物はこれですか?」
って。
「間違いない。私の探していたバッグだ。手元に戻ってきてよかった」

二階堂さんは涙を流しながらバッグを受け取り、何度も頬擦りしてたって。
そんなに大事なバッグだなんて、いったい何が入ってたのかしら?
1.宝石
2.鍵
3.中は空