晦−つきこもり
>三話目(鈴木由香里)
>AC2

答えたくないってことは、少なからず、死を考えたことがあるんだ。
それが後ろめたいもんだから、はっきりした返事をするのが怖いんでしょ?
自殺って、物凄く悪いこととして扱われてるじゃん。

社会的にも、宗教的にもね。
中世のヨーロッパでは、自殺者の財産はすべて領主に没収され、その死体は教会の墓にすら、埋葬させてもらえなかったんだって。
神から与えられた命を粗末にするってことは、殺人と同じぐらい罪深いものとされてたのさ。

よかったね、葉子。
今の日本なら、死体が発見される限り、ちゃんとお墓に埋葬してもらえるよ。
ただし、自殺者の霊って、成仏するのに時間がかかるらしいから、生きてる時よりも辛い目にあう覚悟はしておいた方がいいと思うな。

自分の死に気付かなくて、次々と人の身体に乗り移って自殺を繰り返す霊とか、その場所に縛られて自殺者を招く霊とか、心霊番組なんかでもよく聞かれるじゃん。

「あの世で一緒になりましょう」
って、心中する人たちもいるけどさぁ、そんなことしたって、死んだ後に結ばれるカップルなんて皆無に等しいんだって。

けっきょく、自殺なんて一時的な逃げでしかないんだよ。
もっとも、自殺に一種の美学を求める人たちもいるぐらいだから、みんなの意見がどうなのかなんて、私にはわかんないや。

ただ、これからする話は、少なからず自殺に関係した話なんだ。
これは、私の先輩から聞いた話なんだけど……。
えーっと、井上史郎っていうんだけど、やっぱり彼もフリーターでさぁ。
私と同じ、高額なアルバイトばかりを狙う、さしずめライバルってとこかな。

「俺さぁ、この前、すっげーバイトに行ったんだぜ」
先輩は、目をらんらんと輝かせながら、話し始めたよ。
……自殺の名所って、聞いたことない?
なぜか、自殺者が後を絶たない場所。

その場所で死ぬために、様々な所から人が訪れる場所。
似たようなマンションが林立するマンモス団地や、風光明媚な観光名所。
切り立った断崖絶壁だったり、水面に月を映す湖だったり、いろいろあるけどさぁ。

でも、一番有名なのっていったら、やっぱり青木ヶ原樹海だよね。
富士山のすそ野に広がる青木ヶ原樹海は、迷いの森と呼ばれるにふさわしい、日本最大の魔境だよ。

ただ樹木が生い茂ってるってだけじゃなく、大地そのものが、磁力を含んだ溶岩流が冷え固まってできてるため、森の中では、一部、磁石も使い物にならなくなるとか。

しかも、溶岩が冷え固まる時に生じた溶岩洞窟が無数に点在してるから、なかなか思ったようには進めないんだって。
ね、まさに、迷いの森でしょ?
ここでは、年間、三十人から四十人の自殺体が発見されてるっていうよ。

井上先輩の行ったバイトっていうのは、樹海での遺体捜索だったのさ。
自殺者の多いこの樹海では、年に何回か付近の警察署員や、消防団、アルバイトの学生なんかを集めて、樹海内を一斉捜索するんだって。

総勢三百人くらいのメンバーが、幾つかのチームにわかれて行動するらしいね。
でもさぁ、なんといっても『迷いの森』だから、捜索隊の方も命懸けだよね。
自分たちが迷ったら、洒落にもなんないじゃん。

捜索隊は、命綱ともいえるロープを張り、お互いに声をかけあいながら樹海の奥深くに入って行くんだって。
それでも、捜索隊の先頭を行くリーダーが、うっかり穴に落ちたりしたら、もうアウトだけどね。
けっこう、こういうアクシデントってあるのかなぁ。

井上先輩たちのグループも、ちょっとしたアクシデントがあって樹海で一夜を明かすことになったのさ。
そろそろ、引き上げないとヤバイぞ……って頃。
先輩は、木々の間を歩いてく白い服を着た人を目撃したんだって。

目撃ったって、ちらっと見えただけ。
その人は、すぐに森の奥へ消えちゃったのさ。
別のチームが移動してるのかと思いもしたんだけど、白いコート姿っていうのがどうしても気になって、リーダーに報告したのよ。

「自殺しようと、入ってきた人かもしれないな」
どう考えてみても、その可能性の方が高いよね。
だったら、保護しないとまずいだろう……。
ってことで、その白いコートの人が消えた辺りを、どんどん奥へ踏み込んでいったんだって。

奥へ進むと……。
確かに、白いコートの裾と思えるものが、木々の間に見え隠れしてる。
緑の葉陰に、白い裾がヒラヒラとはためいて……。
でも、けっきょく先輩たちは白いコートの人には、追い付けなかったの。

いつのまにか、白いコートを見失ってたのよ。
昼間でも薄暗い森の中だからさぁ、日が暮れ始めると、あっという間に真っ暗になるんだって。
そうなると、いくら捜索隊といえども完全にお手上げじゃんね。
懐中電灯の頼りない光をあてにして進むには、樹海は危険すぎるもの。

夜の樹海を歩き回るなんて、まさに自殺行為だよ。
先輩たちは、木々の間に、ほんの少しだけ平らなスペースを見つけると、そこで野宿することにしたのさ。
いちおう、全員が救命具は装備してるし、食料も充分に持ってるから不安はなかったそうだよ。

その辺から枯れ枝を集めると、火を起こし、みんなで囲んでたんだって。
暖かい光があると、やっぱり雰囲気が変わるよね。
簡単な食事をして、捜索隊のメンバーもようやく一息つけたのさ。

それで、交代で見張りをたてて、仮眠を取ろうってことになったのよ。
最初の見張り役は、井上先輩がかってでたんだって。
なんでかなぁ……?
1.責任を感じて
2.眠くなかったから
3.白いコートの人が気になって