晦−つきこもり
>三話目(藤村正美)
>A5
葉子ちゃんなら、きっとわかってくれると思いましたわ。
武内さんは、有頂天になってしまいました。
そんな彼に、浦野先生はいったのです。
「姉の病院を、手伝ってほしいの。もちろん、お礼はするわ」
先生のお姉様は、すぐ近くで、産婦人科の個人医院を経営されていたんですって。
「武内さんが来てくれて、本当に助かったわ。今度は、姉の病院の資料を整理してもらいたいの」
そこまでいわれて、武内さんが断るはずありませんわ。
二つ返事で、その医院に行ったそうです。
お姉様は、先生に負けないほどの美人でした。
「あ、あの……浦野先生にいわれて、来たんですが」
「武内さんですね。お話はうかがってます」
お姉様はうなづいて、書斎に彼を連れていきました。
医院の奥が、お姉様のお住まいになっていたんですの。
「ここの書類を整理していただきたいの。お願いしますね」
書斎には、専門書や外国の医学雑誌などが山積みになっていました。
武内さんは、早速整理を始めましたわ。
手慣れた様子で、本を荒く分類すると、本棚を磨くことにしました。
それには、雑巾を捜さなければ。
廊下を歩いていると、奇妙な物音が聞こえてきました。
彼は、音がする方へ歩いていったのです。
そして、一つのドアの前にたどり着いたのですわ。
さっきより近くなったせいか、音は鮮明になっていました。
彼は耳をすませましたわ。
確かに、前に聞いたことのある音でしたわ。
何だろう、これは……。
まるで……そう、まるで何かを煮ているような……?
武内さんは、ハッと気づきました。
ここは台所に違いありません。
夕食用のシチューか何かを、煮込んでいるのでしょう。
それなら、誰かいるはずだ。
彼は、勝手にそう思い込んでしまったんですわね。
「すいません、雑巾ありますか?」
そういって、ドアを開けたんですの。
確かにそこは台所でした。
コンロの上には、大きなずんどう鍋がかかって、ふつふつ煮えたぎっていたのですわ。
そこまでは、彼の想像通りだったんです。
ところが、その臭いときたら……。
生ゴミを混ぜたラードを、温めたような感じでしたの。
想像できまして?
1.できる
2.できない