晦−つきこもり
>四話目(山崎哲夫)
>I9

ジロジロ見るだって!!

そ、そんな失礼なこと、とてもじゃないが自分にはできない。
昔……。
自分は、こういわれたことがあるんだ。
「私、ジロジロ見られるのは好きじゃない」
……ってな。

どこの誰にいわれた言葉だったかは忘れたが、自分の頭には、いつもこの言葉が刻み付けられているんだ。
だから、そんな真似は絶対にしない。
いいかい?
葉子ちゃんも、覚えておくんだぞ。

この時の自分は、何もしなかったんだ。
そっとしておいた……ってやつだな。
声をかけようかとも思ったんだがな、その度に、頭の奥の方で危険信号が鳴るんだ。

さっきもいった冒険家のカンってやつさ。
けっきょく自分は、そいつを放っておくことにしたんだ。
焚き火を挟んで対座したまま……。
……どれくらいの時間が過ぎたんだろうか。

突然、バリバリッていう凄まじい大音響がして、小屋全体が大きく揺れたんだ。
小屋のすぐそばに雷が落ちたようだったよ。
その振動が治まった時……。
ギギーッ。
……って軋んだ音を立てて、小屋の戸がひとりでに開いたんだ。

激しい風と雨が吹き込んできて、焚き火の炎なんか、あっという間に吹き消されてしまったよ。
するとな……。
それまで身じろぎ一つしなかった例の男が、むっくりと立ち上がったんだ。

そいつは、自分のことなんか全然目に入っていない様子で、戸口まで歩いたかと思うと、そのまま外へ出ていってしまったのさ。
嵐の中へ……だぞ。
自分は慌てて戸口に立ち、そいつを目で追ったよ。

どうやら男は、雨の降りしきる中、山頂を目指しているようだったな。
山の斜面を登って行く後ろ姿が小さくなって……。
やがて、見えなくなってしまったんだ。
自分は、小屋の戸をしっかりと閉じると、再び火を起こし、雨が上がるのをじっと待ったよ。

雨は一晩中降り続き……。
自分が下山できたのは、次の日の午後になってからだったんだ。
前日の雨が嘘のように、からっと晴れ渡ったすがすがしい空だったよ。
山を下りながら、それとなく例の男の姿を捜したんだがな……。

けっきょく、彼を見つけることはできなかったんだ。
……とはいっても、下山するルートなんていうのは幾つもあるからな。
おそらく彼は山頂を越えて、反対側の斜面を下っていったんだろう。
ただ、それだけのことなんだがな。

もう今ではな、彼に出会ったのは自分の錯覚じゃないかって気さえしてるんだ。
どうだい?
葉子ちゃんは、どう思うかい?
1.錯覚だと思う
2.錯覚じゃないと思う