晦−つきこもり
>四話目(藤村正美)
>A2

そうですわね。
葉子ちゃんの考えは、正しいと思いますわ。
医師の白衣は、清らかな理想のシンボルなんですわよ。
そして私たち看護婦は、医師の手足となって、患者さんに尽くすのですわ。

私、病院というのは、一種のユートピアじゃないかと思うんですのよ。
けれど……理解してもらえない患者さんもいるのですわ。
見たことが、あるのじゃないかしら。
病人だという、よくわからない理由で威張る患者さん。

うちにも、入院してきたんですわ。
本当にわがままな方で、入院した日から、文句のいいっぱなしなんです。
それも、細かいことですのよ。
「枕が固すぎる」
「点滴の刺し方がへただから、痛い」

「自分の病室には、西日が射して暑い」
「消灯時間が早すぎる」
「カーテンの趣味が悪い」
「入院食のスープのニンジンが、ほかより二個少なかった」
「プロ野球中継が雨で流れた」
……なんて、数え上げたら、きりがないくらいですわ。

おまけに、何というか……女性に、とても関心の強い方なんですの。
看護婦や女性の入院患者さんに、いちいち声をかけているんです。
私も、何度デートに誘われたか、わかりませんわ。

お見舞いの方にまで、ちょっかいをかけるんですのよ。
気取った笑みを浮かべて、「僕と君は、生まれる前から出会う運命だったんだよ」なんて、いわれてごらんなさい。
笑い出すか、気味悪そうに逃げるか、怒るか……。

女性側の反応は、この三種類のどれかでしたわね。
本人は、二枚目のつもりなんでしょうけれど。
葉子ちゃんは可愛いから、きっと、そういう誘いも多いでしょう。
男性を見る目は、今のうちから養っておかなければいけませんわよ。

ああ、こんな話をするのじゃなかったですわね。
ええと、何の話だったでしょう?
1.その患者がわがままだったこと
2.その患者が女好きだったこと
3.私が可愛いということ