晦−つきこもり
>五話目(鈴木由香里)
>A3

気持ち悪い?
そんなこといって、私が話をやめると思う?
残念ね。
この話はねぇ、最後まで話さないと終われないんだよ。
何でって、私が、そう決めたからね。

たとえ気持ちが悪くっても、続きを聞いてもらうよ。
いい?
そのお墓の調査仲間に、岡本のり子さんっていう子がいたんだけど、彼女は、少し変わった趣味を持ってたんだ。
その趣味っていうのがさぁ……。

墓穴の中に入ることだったんだ。
本当に変な趣味だよね。
墓穴に限らず、彼女は、ものすごく狭いところが好きだったのさ。
トイレや、押し入れの中っていう狭い空間にいると落ち着くんだって。

猫みたいだね。
それで、よく、骨を採りあげちゃった後の桶の中に入っては喜んでたんだ。
お墓の中に埋められてる骨と同じ膝を抱えた姿で、ちょうど、お風呂にでも入ってるみたいだった。

そんな彼女を見て、みんなは顔をしかめてたよ。
「そんなことしてると、今に罰があたるわよ」
って。
それでも岡本さんは、墓穴に入るのをやめようとしなかった。
その日も、彼女はいつもの日課のように桶の中にしゃがんでた。

作業終了の時刻で、夕焼けに染まる空の下、他の人は道具を片付け始めてたわ。
現場内に残っていたのは、岡本さんと私ぐらいなんじゃん?
私は、その日の仕事を仕上げてしまおうと思って、ずっと図面を書いてたの。

だから、はっきりと見たわけじゃないんだけどさぁ……。
ふいに、岡本さんの楽しそうな話し声が聞こえてきたんだ。
彼女が話してる相手は、声の感じからして年配の男の人のようだった。

遺跡の発掘なんかやってるとさぁ、近所の人なんかが、珍しそうに見物に来ることがよくあるから、
「ああ、またなの?」
って思っただけで、あまり気にしなかったんだ。

うっかり声なんかかけたら、相手のペースに引きずり込まれちゃって、離してもらえなくなっちゃうからね。
私は、そっちを見ないようにして黙々と作業を続けたわ。

それでも、会話だけは聞こうと思って、聞き耳立ててたんだ。
どうやら、おじいさんは、昔話を岡本さんに聞かせているようだった。
むかし、むかし……。
旅人を襲う追いはぎの一団が、一軒の古寺を根城にしてたんだって。

旅人の荷物やお金はもちろん、着ているものまで、すべて剥ぎ取ってたそうよ。
そればかりか彼等は、旅人の肉を食べることを常としていたとか……。
ある夜、彼等は一人の商人を襲ったんだ。

いつもと同じように、殺して金品を奪うと、やっぱりいつもと同じように、その肉を食べたのさ。
「ん、何だ?」
ふいに仲間内の誰かが、声を上げたの。
商人の左手が、固く握られたままなのに気付いたのよ。

その手を強引に開くと、チリーンと音がして綺麗なひもの付いた鈴が、転がり落ちた。
誰かへのお土産だったんじゃん?
「ちっ、お宝じゃねぇや」
けっきょく、その鈴は商人の骨と一緒に、寺の裏に打ち捨てられたわ。

それからしばらくすると、夜な夜な古寺の方から、チリーンという鈴の音が聴こえるという噂が旅人の間に広がったんだって。
それと時を同じくして、追いはぎは、ぷっつりと姿を見せなくなったのよ。

ある日、付近の村人たちが古寺へ様子を見に行くと、荒れ果てた寺の境内に、追いはぎたちのものと思える屍が転がっていたそうよ。

辺りには、チリーン、チリーンと、鈴の音が響きわたっていたとか……。
私の耳に入ったのは、こんな話だったよ。
「この話を聞いた後、チリーンという音を聞くと……」
おじいさんは言葉を続けたけれど、その先はよく聞き取れなかった。

その代りに、鈴の音が一回だけチリーンと……。
そして、
「きゃーーーーーっ!!」
岡本さんの鋭い悲鳴が……!
私はとっさに、声のした方へ目を向けたんだ。
顔や体は見えなかったけど、墓穴の中からにょっきりと伸びた、岡本さんの腕だけが見えた。

その腕は、助けを求めるかのように宙をさまよってる。
私は立ち上がると、彼女に駆け寄ったの。
「うっ!」
私は息を飲んだわ。
岡本さんの顔は、ぐずぐずに崩れてたんだもの!

「あ……ぐっ、ぐぁ……」
口から漏れるその音も、もはや声とは思えなかった。
彼女の悲鳴を聞いて、他の人たちも駆けつけて来たけれど、みんな、ただ息を飲んで立ち尽くすだけ。

彼女の身体は、シューシューと白い煙をあげながら溶け続けて、最後には骨だけの姿になってしまったんだ。
綺麗な乳白色だった。

白骨死体って、きっとああいうのをいうんだよ。
けっきょく、岡本さんの死因は不明のまま。
破傷風の一種じゃないかとか、絶滅したはずの細菌に感染したんじゃないかとか、いろんな意見が出たようだけど、どれも決定的じゃなかった。

彼女の死因は、もっと別のところにあるのにさ。
あの時の、おじいさんの言葉、
「この話を聞いた後、チリーンという音を聞くと……」
この後には、きっと、こう続いたんじゃないかなぁ?
「お前も命を落とす」
って。

細かい単語は多少違うかもしれないけど、ニュアンスは伝わるよね?
私だって声を聞いただけで、姿を見たわけじゃないから、あの時、本当に声の主が存在したかどうかわからない。

岡本さんだって、話し相手の正体を見ていたかどうか……。
そんな不確かな情報で、みんなをよけいに混乱させるわけにもいかないじゃん。
でも、発掘仲間の間じゃ、みんないってることよ。
「岡本さんには、罰があたったんだ」
って。

たださぁ、私までそのとばっちりを受けたみたいなんだ。
この頃、肌がムズムズしてしょうがないんだ。

これって、身体が溶け始める前兆なんじゃん?
ねぇ、葉子。
あなたもそう思うでしょ?
1.そう思う
2.そうは思わない