晦−つきこもり
>五話目(前田良夫)
>C5

あ、知ってるんだ。
それで成田は、プルトップつまんだまま悩んでたわけ。
で、なんか指に力、入っちゃったんじゃない?
缶を引き開けちゃったんだよ。
ほら、バカだから。
プシュッて音がして、白い湯気がたった。

成田は思わず、そのにおいをかいだんだって。
でも、あったかい湯気だったら、鼻やその周りが濡れるじゃん。
なのに全然そんなことなくって、反対に粉っぽい空気を、思いっきり吸っちゃったんだってさ。

一瞬、息ができなくなって、むせちゃった。
しばらくゲホゲホやって、ようやくおさまったっつーんだから。
成田はむかついて、缶を投げ捨てたんだ。
ゴロゴロッと重い音がして、缶が転がった。

そのときに、なんかに引っかかったのかもな。
プルトップが外れて、中からドロドロしたもんが出てきたんだよ。
焦げ茶色の液体に、白い、ホットミルクの膜みたいなのが張っててさ。
ツーンと、きな臭いようなにおいが漂ったって。

しかも、液体に混じって、直径一センチくらいの丸いもんが転がってたんだ。
「なんだ、これ」
とかいいながら、成田は靴の爪先で、それを踏んづけてみたんだって。
プシュッて音がして、薄い皮が破裂した。

そしたら、白い粉みたいなもんが、パッと飛び散ったんだってさ。
丸いものは袋状になってて、中に粉が詰まってたんだな。
それ見てたら、成田は何となく、気持ち悪くなっちゃったんだって。

それで、オバケ販売機のことなんか放っといて、家に帰っちゃったんだ。
帰ると部屋に閉じこもってさあ。
晩飯にも出てこなかったんだって。
次の日になっても、成田は出てこなかった。

朝飯も昼飯も食いに来なかったから、親が心配したんだろうな。
ドアをドンドン、ドンドン叩くんだってよ。
「具合でも悪いんじゃないの?
大丈夫なの?」
……なんちゃってさ。
だけど、成田はひたすら、眠かったんだって。

眠くて眠くて、部屋に入った瞬間から今まで、ひたすらベッドで丸まって眠り続けてたんだよ。
それなのに、親はドアを叩いて起こそうとするんだ。
これって、かなりむかつくと思わない?
1.むかつく
2.心配してくれてるのに、なんていい方?