晦−つきこもり
>六話目(藤村正美)
>J5

まあ、意外ですわね。
葉子ちゃんは、きっと子供好きで家庭的なタイプだと思っていましたのに。
人って、見かけに寄らないんですのね。
まあ、それは石井さんにもいえることですけれど。
ちょっと暗めに見えた彼は、結構子供好きだったんですわ。

もちろん、ノコちゃんという少女が人間じゃないのは、わかっていました。
けれど、ノコちゃんには、全然邪気が感じられないのです。
石井さんを見上げてだっこをねだる姿は、普通の子供といっても、充分通用しました。
だから、かもしれませんわね。

彼はノコちゃんを抱き上げてあげたんですの。
「わあい、高ーい」
ノコちゃんはケラケラ笑いました。
子供らしい、無邪気な笑顔でしたわ。
それを見て、彼の最後のこだわりも溶けました。

次の日、元気な姿を見せた石井さんを見て、佐原さんはびっくりしました。
それだけではありませんわ。
昨日は、あれだけジロジロとなめるように、彼女たちの制服を見つめていたのに、今日はチラッとも見ないのです。
ただ時折、斜め下を見ては、ニイッと笑うだけ。

実は、彼は隣にいるノコちゃんに笑いかけていたのです。
けれども、ノコちゃんの姿は、彼以外の目には見えなかったのですわ。
何も知らない佐原さんたちには、さぞや、不気味な光景に見えたでしょうね。

すっかり懐いてしまったノコちゃんを連れて、彼は家に帰りました。
特に、何をするってわけでもありませんのよ。
ノコちゃんは石井さんの部屋をながめまわし、飽きたらだっこをせがむだけ。

ああ、たまに本棚から、本を引っぱり出すこともあったようですわ。
それでも、彼の心は満たされていました。
一人で過ごすことが多かった彼には、ノコちゃんの存在は、大きかったのでしょう。
ただ、困ったこともありました。

ノコちゃんは、初めて会ったときから、石井さんに正体がばれていることを知っています。
そのせいかどうか、彼女はときどき、人間の姿を保つのを忘れてしまうのです。

だっこのついでに、高い高いをされているときなど、はしゃぎすぎたノコちゃんの首が、ぽろりと取れてしまうこともありました。
うとうとしているときに、半分溶けたように形が崩れ、透明になっていたことも。

兄のような気分でいた石井さんは、そんな様子を見るのが嫌でした。
けれど、もうノコちゃんがいない生活なんて、考えられません。
ノコちゃんさえいてくれれば、他に何もいらないとまで、思っていたそうですわ。

そういう気持ちって、わかります?
1.なんとなくなら……
2.全然わからない