晦−つきこもり
>六話目(藤村正美)
>S3

姫川さんですか。
葉子ちゃんたら……うふふ。
確かに、彼女のようなタイプを苦手とする人は、多いですわよね。
佐原さんも、姫川さんを選びました。
姫川さんは、当然のように個室に入りましたわ。

「まあ、狭いわね。あたくしの主人の兄の、代議士先生が見たら、なんていうでしょう」
……なんて、ブツブツいっていましたけれど。
とにかく、それで佐原さんは戻っていったのですわ。
おそらくは、姫川夫人に、心の中で文句をいいながらね。

もちろん、姫川さんの方は、そんなこと知りもしませんでしたわ。
さすがに時刻も遅いことですし、眠くなったんでしょうね。
ベッドの堅さにブツブツいいながら、横になったのです。
もともと、大したことはないケガです。

「入院した」
という事実を、友人である奥様方にいいたいために、残っていたようなものですもの。
あっという間に、眠り込んでしまいました。
しばらくすると、眠っている彼女の側で、何か物音がするのです。

初めは無視しようとした姫川さんでしたが、あまりにしつこく続くので、とうとう目を開けました。
「まったく、何の音なの。眠らせてくれないなんて、患者を何だと思っているのかしら!」
音のする方を見ると、床に水たまりができています。

そして、天井から時折、水滴が落ちては水面を揺らすのです。
彼女を悩ませたのは、その水音だったのですわ。
「まあ、雨漏りですって!? なんて不衛生な。これでも病院なのっ」
姫川さんは、ナースコールしようと、ボタンに手を伸ばしました。

そのとき、ザバッとひときわ激しい音がしたのです。
驚いて振り向くと、天井から落ちてくる水量が増えているのです。
ポタポタ垂れているだけだったのが、水道の蛇口をひねったくらいの流れに。
床の水たまりが、見る見るうちに広がっていきます。

これは、もう雨漏りなどではあり得ませんわ。
そもそも、カーテンの向こうには星が見えていて、雨雲一つ見えないのですもの。
では、水道管でも破裂したのでしょうか。
それなら、他でも騒ぎになっていて、よさそうなものですけれど。

姫川さんは、あわててナースコールしました。
ところが、応答のランプがつかないのですわ。
回線が繋がっていないようです。
「何なのよ、この病院は!」
姫川さんは毒づいて、ベッドから降りました。

ザブリ、と足首まで水に浸かりました。
いつの間にか、水位が上がっていたのです。
蛇口くらいだった水量も、今では雨樋ほどの太さになりました。

水面も、ほんの数分前までは足首までしかなかったのに、もうふくらはぎまで届こうとしています。
それほど、驚異的なスピードでしたわ。
しびれるような冷たさではありませんでしたが、それでも体温が下がり始めているようです。
寒くてたまりません。

姫川さんは、ドアを開けようとしました。
……が、開かないのですわ。
内開きのドアが、水の圧力で押されているため開かないのです。
そうしている間にも、どんどん水かさは増えていきます。
このままでは、溺れ死んでしまう!

姫川さんは、恐怖と怒りに身を震わせながら、叫び声をあげましたわ。
無理もありませんわよね。
葉子ちゃんだって、同じことをしてしまうかもしれませんでしょう?
ほら、想像してください。
ひざまで浸かりそうな、圧倒的な水量。

繋がらないナースコール。
開かないドア。
……葉子ちゃんなら、なんと叫びますか?
1.「助けて!」
2.「ふざけるな!」


◆最初の選択肢で「2.聞こえない」を、4番目の選択肢で「2.焼死」を選んでいる場合
2.「ふざけるな!」