晦−つきこもり
>六話目(前田良夫)
>A2

そうだよなあ。
人面犬って、前にも一度、騒ぎになったじゃん。
確かに、人の顔した犬なんて珍しいもんなあ。
日本中でうわさになるのも、当たり前だよな。
夕方の五時頃、公園のごみ箱なんかに、中くらいの大きさの犬がいてさ。

お菓子とか、あげようとして近づくと、振り向くんだ。
その顔が、人間の男の顔してるんだって。
でも、そんな生き物いるわけないよな。
人間と犬が結婚したって、子供は産まれないんだぜ。

それなのに、俺の友達の大原が、人面犬の話、信じちゃったんだよね。
大バカだろ!?
ドッグフードを持ってさ、夕方公園をウロウロ捜してるんだよ。
俺、何度も止めとけって、いったんだけどな。

ある日、大原が学校休んだんだ。
だから俺、帰りにプリント持ってってやったんだよな。
あいつ、苦しそうだった。
真っ赤で、ゼエゼエいっててさ、熱でもあったんじゃないかなあ。

「人面犬……捜さなきゃ……おばあちゃんが……」
なんていいながら、大原のヤツ、涙ぐんでたっけ。
話を聞いたら、あいつのばあちゃん、病気なんだって。
医者に聞いても、ハッキリした原因というか、病名がわかんないっていうんだ。

とにかく、寝たきりなんだってさ。
だから、偉い坊さんに見てもらったんだ。
そしたら、悪霊の仕業とかで、犬をいけにえに捧げれば治るっていわれたっつーんだよ。
「おまえ、それマジで信じてるわけ?」
って、思わず聞いちゃった。

「信じてるよ。でも、普通の犬じゃ効かなかったんだ。人面犬なら効くかもしれないじゃん」
大原、真剣な顔でいってたよ。
良夫は、一人でわかったような顔して、うなづいている。
自分の発言の重大さに、気づいてないみたい。

「普通の犬じゃ効かない」
ってことは、もう試し済みってことよね!?
その大原君って子、結構イッちゃってるって感じ。
もう、どうして良夫は、こんなことにも気づかないの?
本当に馬鹿なのかしら。

良夫より、頭悪夫とか、馬鹿夫とかの方があってるんじゃないの。
……私がそんなことを考えてるのにも気づかず、馬鹿夫……じゃなくて、良夫は話を続けている。
その晩、大原の母ちゃんから電話が来て、大原がいなくなったっていうんだ。

きっと、人面犬を捜しに、抜け出しちゃったんだ。
いつもの公園かもしれない。
俺は、母ちゃんに見つからないように、こっそり家を出た。
……そんな怖い顔すんなよ、母ちゃん。
ちゃんと、こういうわけがあったんだもん、許せよな。

夜の公園には、ポツンと大原が立ってた。
「何してんだよ、病人のくせに。
おばさん心配してたぞ」
でも、ヤツは何だか、ボウッとしてるんだ。
熱のせいかと思ったけど、違うみたいでさ。
だって、ブツブツいってんだもん。

「人面犬を見たんだ……人面犬はいたんだ…………」
「おまえ、熱で変なもん見てんじゃねーよ! ほら、帰ろうぜ」
大原の腕を引っ張ったら、振り払われた。
そのまま、叫びながら駆け出してさ。

あいつ、追いかける間もないくらい速かったなあ。
……次の日、大原はまた、学校を休んだ。
大原の母ちゃんが、あちこちに連絡したけど、行方不明なんだって。
その日の夕方、俺はもう一回公園に行ってみたんだよ。

捜してたら、茂みの木がガサガサって揺れた。
「大原!」
……出てきたのは、一匹の犬だったよ。
そいつと目があったとき、俺、心臓が飛び出すかと思っちゃった。
だって、その犬、大原の顔してたんだもん。

俺を見て、クシャッと泣きそうな顔してさ。
何かいうかと思ったら、振り向いて、また走ってっちゃったんだよ。
それから、この辺では人面犬が出るって、話題になってるんだよ。
じっとこっちを見て、何かいいたそうにしてるんだって。

……たぶん、大原だよな。
あいつに何があったのかは、わからないけど……。
これが、人面犬の話だよ。

(→聞いていない話がある場合)
(→全ての話を聞いた場合)
(→全ての話を聞いたが、「6.生きている骸骨」の話の最初の選択肢で「3.百六十センチは、絶対にないわよね」を 選んでいる場合)