晦−つきこもり
>六話目(前田良夫)
>B2

オッケー、トイレの話だな。
トイレってさあ、何か、怖い話が多いよなあ。
やっぱ薄暗いし、一人で行くとこだし、じめじめしてるし……。
一人で個室に入ってると、やなこと考えちゃうじゃん。

何気なく上向いたら、血まみれの女がのぞき込んでるんじゃないか、とか。
便器から、冷たい手がスルスルッと出てくるんじゃないか、とかさ。
葉子ネエ、来るときに、駅前公園のトイレ見た?
あそこもさ、変な感じなんだぜ。

入り口から、ぐーっと回り込むようになってて、外から見えないじゃん。
そのせいかもしれないけど、なんか別世界って感じなんだよな。
それに、あそこ……ヤバイ話があるんだぜ。
隣の学区にさ、小五の戸波って男がいたんだって。

うちの学校じゃないんだけどさ。
普通の背で、普通の成績で、普通の顔してる、普通のヤツ。
そいつが遊びに行った帰り道、腹痛くなっちゃったんだって。
もう暗くなってて、空には三日月が浮かんでる。

急いで帰らなきゃなんないけど、とてもそんな余裕なかったんだってさ。
それで、駅前公園のトイレに入ったんだ。
ところが、三つある個室のうち、二つに『故障中』って札がかかってるんだよ。

残りの一個に入ろうとしたとき、ドカドカと男が走り込んできた。
茶髪の、何かすかした高校生だったって。
そいつは、戸波を突き飛ばすと、たった一つ空いた個室に、入っちゃったんだ。
戸波はもう、限界ギリギリでさ。

腹が痛くて、倒れちゃいそうだったのに、だぜ?
ひでーよな。
頭がボウッとして、脂汗が浮かんできた頃に、高校生が出てきたんだ。
戸波をニヤッと見て、脇にどいてさ。

「悪い、悪い。ゆっくりどうぞ」
文句の一つもいいたかったと思うけど、戸波は個室に飛び込んだ。
本当に、せっぱ詰まってたからな。
何とか用を済ますと、もう、一気に地獄から天国だったって。

ホッと息をついたとき、目の前の落書きが目に入った。
葉子ネエ、そういう落書きで、一番気になるのってどんなの?
1.小さな字で、びっしり書いてある詩
2.エッチな言葉
3.何だか知らないけど、怒っているらしい言葉