晦−つきこもり
>六話目(前田良夫)
>C4

そうだろ、絶対そうだよな。
戸波はアセッて、外へ飛び出そうとしたんだ。
その足に、後ろから白い糸が巻きついた!
「わあっ!」
戸波、もういっぺんコケちゃってさあ。

ハッと振り向いたら、グワッと開けた口が、真ん前にあるんだ!
ヤツは息を飲んで、ギュッと目をつむった。
殺される!!
…………だけど、クモ女は食いついてこなかったんだ。

「…………?」
戸波は、そっと目を開けてみた。
ニヤニヤ笑うクモ女の顔が、すぐ側にあった。
飛び起きようとしたら、体が動かない。

「ええっ!?」
いつの間にか、白い糸で体をグルグル巻きにされてるじゃないか!
ビビる戸波を見て、クモ女は嬉しそうに目を細めたんだ。
それから、くるっと後ろを向いて、でかい尻を近づけてくるんだよ。

その先が、戸波のほっぺに触れた。
「いてっ!」
チクッと、つまようじみたいなもんで、つつかれた感じ。
ぶつぶつと、小さな泡が弾けるような音がしてる。
なんだ!?
見ようにも、肩から下は、がっちり固められてて動けない。

そのとき、クモ女の尻が動いた。
今度は、糸の間からのぞくシャツのすき間に、尻の先を押しつけるんだよ。
また、チクッと痛みが走った。
そしてクモ女は、尻の先からポロポロと、爪くらいの大きさの卵を産みつけ始めたんだ!

ぷつぷつ……、小さな音は続いてる。
クモ女が卵を産む音だったんだ。
それじゃあ、戸波のほっぺにも……!?
「は、放せーーーーっ! やめてくれえっ!!」
声がひっくり返ってかすれる。
クモ女は動きを止めない。

ゆっくりと、確実に卵を産み続けてるんだ。
「俺をエサにする気かよおっ!」
戸波の絶叫が響いた。
だけど、誰にも聞こえなかったんだよ……。
次の日、駅前公園の公衆トイレで、変死体が見つかった。

顔と胸の辺りが食い荒らされた、身元不明の死体だったって。
なんか、すっごく小さな口が、何百回もかみついたみたいな傷口だったらしいぜ。
虫じゃないかってとこまではわかったんだけど、今知られている、どんな肉食性の昆虫の歯形とも、違ってたんだってさ。
…………戸波?

うん、行方不明になっちゃった。
トイレの死体と、関係あるんじゃないかって人もいたけどさ。
……そうだな、そうかもしんないよな。

これが、魔の公衆トイレの話だよ。

(→聞いていない話がある場合)
(→全ての話を聞いた場合)
(→全ての話を聞いたが、「6.生きている骸骨」の話の最初の選択肢で「3.百六十センチは、絶対にないわよね」を 選んでいる場合)