晦−つきこもり
>六話目(前田良夫)
>E4

え、いや……ううん、悪かないけどさあ。
開き直るなよな。
それで、落書きの話だっけ。
戸波が見たのは、別にエッチな落書きじゃなかった。
「愛しい者の後を追え」
……それだけ、書いてあったんだって。
なんかの暗号みたいだよな。

合い言葉とか。
だけど、そいつには別の意味に受け取れたんだ。
実は、そいつの双子の兄ちゃんって、少し前に死んでたんだって。
それも、塾の帰り道に、誰かに襲われて……。
首絞められて、殺されちゃったんだ。

そんな経験のあるヤツが、『後を追え』なんてメッセージ見たら、どう思うよ?
……まあ、俺にもピンと来ないけどさ、ショックだったんじゃないかな。
それで、ムッとしながらドアを開けたんだ。
その瞬間、外から伸びた腕が、戸波の襟をつかんだ。

ものすごい力で、ヤツを個室から引っぱり出したんだ。
「何を……っ!」
抵抗しようとした首に、ロープみたいなもんが巻き付いた。
そのまま、一気に締め上げてくるんだ!
「ぐえ……え……っ!」
脳の血管がふくれあがる。

目の前が真っ赤になってったって。
きつく締まるロープを引きはがそうとして、爪が折れちゃった。
だけどそんな痛み、感じない。
一か八かで、戸波は頭を後ろに倒したんだ。
ゴツッて鈍い音がして、ショックが伝わった。

「うわっ!」
ロープを持った誰かは、ヨロヨロとバランスを崩した。
トイレのドアに背中をぶつけた拍子に、もっときつくロープが締まる。
「このガキッ!」
意識が遠くなってく。
どんどん力が抜けて……もう立ってもいられない。

とうとう、ひざを突いちまった。
もう駄目だ…………!
「ひいっ!?」
そのとき突然、甲高い悲鳴が響いたんだ。
同時にロープが緩んだ。
「!?」
戸波は必死に、後ろを振り返った。

さっきの茶髪の男が、ロープを持ったまま、戸波越しに何かを見てる。
視線を追ってみると……鏡なんだ。
正面にある鏡を見て、男は脅えてたんだよ。

「嘘だ……おまえは殺したはずだ……殺したのに!!」
茶髪の男は、そう叫ぶとトイレから飛び出してった。
……道路にまで飛び出した男をはねたのは、トラックだったってさ。
もちろん、即死だった。
でも、そのおかげで、いろいろわかったことがあったんだ。

そいつの家から、日記帳が見つかったんだって。
その中に、今まで殺した子供たちのポラロイド写真が、バーッと貼ってあったんだってさ。
そいつ、子供ばっか狙う、連続殺人犯だったんだって。
で、リストの中に、戸波の兄ちゃんもいたんだよ。

警察の人は、戸波が苦しんでる顔を鏡で見て、殺したはずの戸波の兄ちゃんと間違えたんだろうっていってた。
確かに、自分が殺した相手が、鏡の向こうから見てたら、すごく怖いよなあ。
だけど、戸波には一つ、わかんないことがあったんだ。

それでヤツは、一人で、駅前公園の公衆トイレに行ったんだよ。
首を絞められてた位置に立って、かがんでみてさ。
ちょうど、ひざ立ちになるくらいの高さになってみたんだって。

そうしたら、鏡は戸波の頭より三十センチ以上、上にあったんだよ。
だから、鏡にヤツの顔が映るなんて、あり得ない。
映ったとしても、頭を斜め上から見たカッコウに、なるはずじゃんか。
……犯人が見たのは、誰だったんだろうな?

もしかしたら、本当に戸波の兄ちゃんが、弟を助けようとして…………。
なんてな。
ホントのとこはわかんないけど、それからあのトイレに入ると、変な声が聞こえるようになったらしいよ。

これが、魔の公衆トイレの話だよ。

(→聞いていない話がある場合)
(→全ての話を聞いた場合)
(→全ての話を聞いたが、「6.生きている骸骨」の話の最初の選択肢で「3.百六十センチは、絶対にないわよね」を 選んでいる場合)