晦−つきこもり
>六話目(前田良夫)
>L6

へえ、そうなんだ。
じゃあ、ビビッちゃうよな。
片山の兄ちゃんは、結局勇気を出して、母親を見たんだけどさ。

…………母親の顔に、変なとこはなかった。
いつもの、見慣れた姿だったんだ。
ホッとしたら、急に力が抜けた。
全身から、汗がブワッと噴き出してさ。
ハッと気がつくと、母親があきれた顔して見てた。

「何よ、学校から走ってきたの?
汗びっしょりじゃない、先にお風呂入りなさい」
いわれて、片山の兄ちゃんは、素直に風呂場に行ったんだ。
服を脱ごうとして、ハッと洗面台の鏡に気がついた。
鏡の中の自分は、泳いだ後みたいにびっしょり濡れてる。

「ちぇっ」
タオルを取って、ごしごしと顔をこする。
ところが、タオルを顔から離した瞬間、肌色のどろどろした物が糸を引いて落ちた。
「なんだ?」
とっさに鏡を見る。
映ってたのは…………どろどろと溶けかけた自分の顔。

グズグズと音がしてる。
あわてて顔を押さえようとしても、その手も端から溶けてくんだ。
「た、助けて……誰か……っ」
叫ぼうとしても、声が出ない。
溶けて崩れてく自分の顔は、ものすごく醜くて恐ろしくて、気持ち悪かった。

涙が、泥みたいにグチャグチャに混ざってく。
そして、片山の兄ちゃんは、溶けて消えちゃったんだって。

しばらくして、片山の母親が様子を見に行ったら、そこには何も残ってなかった。
ただ、中身だけ突然消えたみたいに、服や靴下が落ちてたって。
警察が調べたけど、片山の兄ちゃんは見つからなかった。
そりゃそうだよな。
溶けちゃったんだもん。

それからしばらくして、片山の家は、隣の町に引っ越してった。
ピンクさんは、今でもうちの学校のまわりを、うろついてるけどな。

これが、ピンクさんの話だよ。

(→聞いていない話がある場合)
(→全ての話を聞いた場合)
(→全ての話を聞いたが、「6.生きている骸骨」の話の最初の選択肢で「3.百六十センチは、絶対にないわよね」を 選んでいる場合)