晦−つきこもり
>六話目(前田良夫)
>R4

そうだよな。
よかった、ちょっとでも覚えてて。
やっぱ、行ったことあるってば。

……まあ、いいや。
あの森って、昔、モノノケ様っていう人食い鬼がいたんだって。
若い女ばっか狙う鬼で、困った村の人が、都から侍を連れてきたんだ。
侍とモノノケ様は戦って、侍が勝った。

それで、この辺りに平和が戻ったんだってさ。
……バカにした顔、すんなよな。
ホントに、そういう話が残ってるんだもん。
この辺りのヤツなら、みんな知ってるぜ。
で、面白そうだと思っちゃったヤツがいたわけ。

おさげの可愛い、小学生の女子だったんだけどさ。
夏休みの自由研究にでも、するつもりだったんじゃない。
そいつ一人で、浮ヶ森に入ってったんだ。
結構深い森で、日の光なんか、木の枝に邪魔されて入ってこない。

湿ったようなにおいが、ぷーんと鼻をついてさ。
一歩ごとに、フワッて靴が地面に沈み込むような、不安定な感じだったって。
ほら、ああいうとこって、コケ生えてたり、腐葉土だったりするじゃん。
カブト虫とかクワガタとか、昆虫がいっぱいいるんだよな。

まあ、そんなことはいいんだけどさ。
その女子がしばらく進むと、モノノケ様の塚を見つけたんだ。
表面はボロボロで、何か書いてあったとしても読めない。
だから、塚の表面をなぞってみたんだ。
そうしたら、感電したみたいなショックがあった。

「きゃあっ」
思わず手を引っ込めようとしたら、声が聞こえたんだ。
「手を離してはいかん!」
「えっ?」
その女子はビックリして、動きを止めた。
すると、声がまた、聞こえたんだ。

「そのままで聞いて欲しい。私の塚に、水をかけてはくれないか……」
そのとき、声が耳から聞こえるんじゃなくて、直接頭に聞こえてることに気づいた。
それなら、話してる相手って、この塚なのか?
でも、この塚はモノノケ様をまつってるはずだ。

モノノケ様って、人間の言葉がわかるのかなあ。
話しかけてきた声は、そんな化け物には思えないし。
葉子ネエだったら、いうこと聞いてやる?
1.頼まれたんだから、聞いてあげる
2.怖いから嫌