晦−つきこもり
>六話目(前田良夫)
>AC3

バカ、ふざけんなよ!
もっと俺、背ぇ高いぜ。
子供扱いすんなよな。
……まあ、ちょっとだけ、百五十センチには足りないけどさ。

とにかく、俺よりでかい標本だぜ?
すごいよなあ。
本物の、人間の骸骨だって噂まであったんだよ。
ずっと前、ある研究者のところにあった、本物なんだって。
そいつ、ちょっと変なヤツで、その標本をすごく大切にしてたんだ。

毎日みがいてやったり、ワックスかけたりさ。
ちょっとイッてるよな。
もしかしたら、骨格標本に恋しちゃってた、ってヤツ?
まわりももう、ほとんどあきらめて、何もいわなくなってたんだって。
それをいいことに、研究者の方も好きにやってたんだよ。

ある朝、いつものように研究者は、標本に『おはよう』をいいに行ったんだ。
そして、標本の右足を見て、ビックリして立ち止まった。
そこには、いつもの白くて細い骨の代わりに、柔らかそうな筋肉を持った人間の足がついてたんだよ。

触ってみると、冷たいけど弾力があって、マネキンとかとはハッキリと違うんだ。
研究者は、ビビッたろうって?
それが、全然そんなことなかったんだよな。
反対に喜んじゃったんだって。
「私の愛が通じた」
とか、思ってたんじゃねえの。

それで、ますます愛情込めたんだよ。
標本の右足に、ほおずりなんかしちゃってさ。
青白くて生気がなくて、いかにも死体って感じの足だったらしいけど。
その次の日、研究者が見たのは、両足そろった標本だった。

左足にも、肉がついて普通の足になってたんだよ。
スラリときれいな足だから、きっと女だ。
もう、研究者は大喜びでさ。
部屋にこもって、昼も夜も、ずっと標本の側で過ごしてたって。

ときどきウトウトして、目がさめると、標本の一部に肉がついてんだってさ。
両足の次は腕、それから胴体。
だんだん、標本が人間へと変化していくようにも見えた。
研究者はわくわくしてたんだ。
だって、いよいよ次は、頭の番だもんな。

このときばかりは、ずうっと起きてて、顔が現れる瞬間を見たかったらしいんだよ。
研究者は、この標本をもう、運命の恋人みたいに感じてたんだって。
全身が完成したら、動き出して、自分に愛を告白するに違いないって。

だから眠らないで、ずうっと待ってた。
ところが、その日はとうとう、頭は現れなかったんだ。
研究者はがっかりしたけど、めげなかった。
次の晩も、頑張って起きてるつもりだったんだ。
でも、二日続けての徹夜なんて、きついよな。

夜明け前ごろには、頭がもうろうとしてきちゃったんだって。
寝ちゃいけない、寝ちゃダメだ。
そう思っても、どうしても体がいうことを聞かないんだよ。
で、とうとう気を失うみたいにして、眠り込んじゃったわけ。
どれくらいたったか、わかんない。

奇妙な気配を感じて、研究者はハッと目覚めたんだ。
椅子に座ったまま、眠りこけちゃってたんだな。
とっさに、振り向いて標本を見る。
でも、標本は昨日のまま、頭蓋骨むき出しで、ポカンと開いた目が研究者を見返してた。

がっかりした研究者は、ひざの上に何か載ってるのに気づいた。
かなり重くて、濡れてるみたいだ。
ズボンが冷たく湿ってる。
「なんだ……?」
研究者は、自分の足の上を見た。

ごろっと斜めになって、自分を見上げてる虚ろな目。
バサバサの髪が、あちこちに乱れて垂れ下がってる。
ひざに載ってたのは、女の生首だったんだ!
「わあああっ!?」
ギザギザの切り口からは、まだ血がにじみ出してる。

ということは、まだ切られてから、そんなにたってないってことだ。
そんな物が、どうしてここに!?
研究者はパニックを起こしちゃって、生首から逃げるように立ち上がった。
ゴトン!

生首といっしょに、血まみれの包丁が落ちて、床に突き立った。
なんで、こんな物まであるんだ!?
これじゃあ、まるで自分が……!!
床に転がった生首の目が、グイッと動いて研究者を見た。

紫色のくちびるが、ニッと笑う……。
しばらくして警察が来たんだ。
ここんとこ連続して起こってた、女ばっかを狙う、通り魔事件のことでさ。
研究者に、事情を聞こうとしたんだって。

それで、気絶した研究者と、骨格標本に不器用に縛りつけられた、バラバラの手足や胴体を見つけたんだ。
……そうなんだよ。
骨格標本に肉がついたり、手足が生えたりしたわけじゃなかったんだ。

研究者が、意識のないときに、女を襲っては『調達』してきたもんだったんだよ。
よく見ると、右足と左足では、微妙に長さや色が違ってたりしたんだよな。
つまり、別の人間の……ってことで……。
研究者は今、どっかの警察病院に入院中だってさ。

標本は処分されないで、秘密で、遠くの学校に払い下げられたらしいんだ。
で、それが隣の町の高校だって噂なわけ。
これが、生きている骸骨の話だよ。

(→聞いていない話がある場合)
(→全ての話を聞いた場合)
(→全ての話を聞いたが、「6.生きている骸骨」の話の最初の選択肢で「3.百六十センチは、絶対にないわよね」を 選んでいる場合)