晦−つきこもり
>六話目(前田良夫)
>AG4

ゲーッ、恥ずかしいヤツ!
外国人じゃあるまいし、そんなことできるかよ、普通。
まあ、ミチルはそうしたかったのかもしれないけど。
何かする前に、玄関のドアを開ける音がしたんだよ。
誰か来たらしい。
見に行ったミチルたちが見たのは、父親の姿だったんだ。

「お、ミチル、今日は早いな」
そういって、ニコニコ笑ってる。
でも、頭は割れて血を流してるし、腕も変な方向に曲がってる。
ものすごい重傷なんだよ。
それなのに、痛くないって感じで歩いてるんだ。

もしかしたら、父親はもう、死んでるんじゃないか?
だから、ミチルは父親を突き飛ばした。
「どっか行っちゃえ! あんたなんか、パパじゃないわ!」
そしてドアを閉めて、カギをかけた。
父親は、どんどんとドアを叩いてる。

「ミチル、どうしたんだ? ミチル!」
ミチルは、両手で耳をふさいで耐えた。
しばらくすると、声がしなくなったんだって。
いつの間にか消えていたんだ。
ミチルは、ホッとした。

家族を残して死んだのが、心残りだったのかもしれないけどさ。
やっぱ、グッチョングッチョンの姿で来られても、困るっつーの。
とにかく、これで終わったと思ったんだ…………。
なのに、次の日になると、父親はまた、やってきたんだ。

もう血は乾いて、パリパリになってる。
「ミチル、パパだよ。わからないのかい?」
かがみ込んだ拍子に、ポロッと目玉が片方落ちた。
「キャーーーーッ!!」
ミチルと母親は、またなんとか、父親を追い出したんだって。

それから毎日、父親は家に通ってきた。
カギをかけといても、いつの間にか玄関に立ってるんだよ。
そのくせ、いっぺん追い出されると、ドアを叩くだけで何もしない。
いつの間にか消えちゃうってんだよ。

母親なんか、ストレスで、ほとんど寝たきりになっちゃってさ。
ミチルももう、限界って感じだった。
父親は、毎日少しずつ腐ってく。
ぶよぶよと皮がたるんで、中で何か動いてるのが見える。

もう目玉もないし、くちびるの辺りもボロボロで、歯並びが見えてるんだぜ。
それなのに、まだ動いてるんだ。

「なあ、ミチル。どうして、パパを家に入れてくれないんだい?」
そういって、爪の抜け落ちた手で、ミチルの肩を叩こうとするんだ。
「やめてっ!」
思わず、ミチルはそれをはねのけた。

そしたら、その衝撃で、父親の腕がボロッと落ちた。
折れたとこから、にごった緑色の液体が噴き出して、ミチルにかかった。
魚の腐ったようなにおいがしたって。
その瞬間、ミチルの中で何かが壊れたみたいなんだ。

それから何があったのか、わからない。
だけど夜になって、突然ミチルの家が火事になったんだよ。
火が回るのが異様に早くて、消防車も間に合わなかった。
丸焼けになっちゃったんだよ。
ただ、燃え上がる火の中から、甲高い女の笑い声が聞こえてきたっていうんだよな。

ミチルの母親は、寝ついちゃってたじゃん。
てことは、ミチルが火をつけたのかな。
それも、父親の死体ごと……。
空き地になってから、聞いた話なんだけどさ。
あそこの土地って、人が居着かないんだって。

死人が出たり、急に引っ越しちゃったりするんだって。
ミチルたちも、そんな土地の念みたいなもんに捕らわれちゃったのかもな。

これが、死の世界に通じる空き地の話だよ。

(→聞いていない話がある場合)
(→全ての話を聞いた場合)
(→全ての話を聞いたが、「6.生きている骸骨」の話の最初の選択肢で「3.百六十センチは、絶対にないわよね」を 選んでいる場合)