晦−つきこもり
>五話目(藤村正美)
>R3

あら、そうでしたかしら。
違っていたような気がするのですけれど……。
でも、葉子ちゃんがそういうなら、そうなのかもしれませんわね。
……ああ、ごめんなさい。
怖い話でしたわね。

私のように病院に勤めていると、怖いというか、不思議な話をよく聞くのです。
その中の一つを、お話ししますわね。
私の担当している患者さんの中に、村岡さんという男性がいたのです。

奥さんと幼い息子さんのいる、働き盛りの方だったのですが、過労で入院してしまったのですわ。
もっとも、本人は早く退院して、第一線に戻りたがっていましたわ。
「こんなとこにいたら、仕事の勘が鈍っちまう」
……なんていって。

だから私、いって差し上げたのですわ。
入院しているときくらい、おとなしくしていてくださいって。
けれど、村岡さんは、全然聞き入れてくださらなかったのですわ。
……そんなある日のことでした。

消灯後、村岡さんは、ベッドの中で急に、仕事のことを思い出したのですって。
なんでも、契約上の重要なことで、しかも急を要するとか。
それで、部下の社員の方に、電話を入れようとしたのです。

夜の十一時、十二時というのは、第一線で働くビジネスマンには、まだ仕事時間中も同じ……だそうですわね。
私には、想像もつきませんけれど。

そもそも、そんな時間に電話をすること自体、信じられませんわよねえ。
1.信じられないわ
2.それくらいの時間、普通じゃない