学校であった怖い話
>一話目(細田友晴)
>A1

やあ、どうも、細田友晴です。
坂上君って言ったよね?
いやあ、君も実に運が悪い。
この学校に入学してしまうなんてね。
この学校はね、霊の宝庫だよ。

霊は、ある一定の場所に集まるという話を聞いたことがあるけれど、まさにここがそうだよね。
この学校は、一学年に五百人近くの生徒がいるマンモス高校だからちょっとやそっとの事故があってもおかしくはない。
けどね、その事故ってのが普通じゃないんだよね。
異常なんだよ、はっきり言って。

みんなは気のせいだというけれど、やはりただ事じゃないことは、霊感の強い人間ならわかるものさ。
僕は、正直、この学校に来るものかどうか悩んだよ。

入学試験のときから、感じていたからね。
異常に強い霊気をさ。
僕も人並みの霊感は持っている。
けれど、あくまで人並みだ。
その僕がだよ、強い霊気を感じたんだ。
全身に鳥肌が立つほどの霊気をね。

正直いって、試験はあまりできたとは思えない。
みんなのほうが、よっぽど点数は上だったと思う。
それでも、僕は受かったんだよ。
驚いたよね、合格発表を見たときは。
その時、思ったんだ。
僕は、この学校に呼ばれてるんじゃないか、と。

だから運命だと思ってあきらめた。
ほかの高校は一つも受からなかったし。
正直、この学校に来なければ、高校浪人だ。
それは嫌だし、家族も許してくれないしね。

こうなるように、ずっと昔から決まっていたのかもね。
で、実際この学校に入ってみると、まあそれなりに住みやすかったよ。
慣れたっていうほうが、当たってるかもしれないけど。

でもね、あの入学試験のときは本当に凄かったよ。
霊気が漂うのが、目に見えるんだもの。
あれほどの霊気は、この学校に初めて来たから感じられたのかもしれない。
とても、試験になんか集中できなかったな。

周りで、普通に振る舞っている連中が信じられなかったなあ。
そうそう、その時、僕以外にも同じように真っ青な顔をした奴がいたんだよ。

名前、なんて言ったっけ?
……確か、中野って言ったっけなあ。
気が弱そうで、おどおどしてる奴だったなあ。
でも、あれは僕と同じで、むせ返るほどの霊気に包まれて、気分が悪かったんだ。

きっと、彼も僕のことをそう思ったろうしね。
休み時間に、目が合ったんだよ。
すると、彼はちょこんと頭を下げて僕に手を振るんだよ。
僕も慌てて手を振った。

すると彼は、席を立って僕の側に近寄ってきたんだ。
「どうも。こんちは」
僕も、答えた。
近くで見ると、人なつっこそうな奴だったよ。

僕は、仲のよかった連中が誰も見当たらなくてね。
何人かは、この高校を一緒に受けに来ているはずなんだけど、なんせ広いから。
一人で心細かったって気持ちも少しはあったんだ。
たぶん、彼もそうだったんだろう。
僕たちは、気が合ったよ。
すぐに仲よくなれた。

「今の試験、どうだった?」
「だめ。全然、できなかった」
「僕も」
そんな、たあいもない話をしていたら、すぐに休み時間は終わった。

僕も彼も、この学校全体を包む不思議な霊気に気づいていたけれどそれについては少しもふれなかった。

二時間目の試験が終わると、中野はまた僕のところにやってきた。
「トイレ、行かない?」
「ああ、僕も行こうと思っていたんだよ」
実は、さっきから我慢してたんだよね。

試験の問題を解くよりも、早く終わらないかと、ずっと時間ばかり気にしていたんだ。
きっと彼もそうだったんだと思う。
休憩時間は、あっという間だからね。
混雑するだろうから、急がないと時間がなくなってしまう。

僕たちは、早足でトイレに向かった。
「あ……」
僕たちが叫んだのも、足を止めたのもほとんど同時だった。
そして、お互いに顔を見合わせたのさ。

「……君も、見えるのかい?」
僕は、彼の言葉に黙って頷いた。
僕は、そこに信じられないものを見てしまったんだよ。
何を見たと思う?

トイレから、たくさんの手が伸びていたんだ。
おいでおいでをするように、なん十本というたくさんの手が、トイレから出ているんだよ。
トイレの中が見えないほど、ものすごい数の手がひしめきあっているんだ。

それは、すし詰めになった満員電車から、我先に降りようと、人々が小さなドアにひしめきあう光景に似ていたよ。
ただ違うのは、そこに人はいなく、数え切れないほどの手しかなかったということさ。
手は、何かから逃げようとしているふうにも見えたな。

あれは、人間のものじゃない。
間違いなく霊だよ。
トイレの前には人が溢れかえっていて、みんな順番を待っていたけれど、僕には信じられなかった。
あんなトイレに、よく入れるものだとね。
「どうする?」

僕は、びっくりした。
中野が、僕の顔を心細そうに見るじゃないか。
彼にだって、あの光景が見えているはずなのに……。
それとも、彼の目には違うものが映っていたんだろうか。

「どうするって言われても……」
そうは言ったものの、我慢できそうにない。
漏れてしまいそうだ。
なあに、あれだけの人が入っているんだ。
あれは、僕の錯覚に違いない。
僕は、自分に言い聞かせたよ。

でも、恐怖は消えなかった。
「どうする?」
中野は、もう一度聞いてきた。
どうしよう?
1.トイレに入る
2.我慢する
3.他のトイレを捜す