学校であった怖い話
>五話目(細田友晴)
>O3

そうか、いいねぇ。
たいてい、こちらから近づかなければ向こうも何もしないはずだからね。
一番平和的だよね。
みんなが、そうだといいんだけどね。

世の中には、殺さないと気のすまないタイプの人がたくさんいるんだよ。
無益な殺生という言葉にぴったりだったね、彼は……。

虫を見ると、逃げるよりも追っかけていき、踏みつけて殺してしまうタイプだったのさ。
もともと、残酷だったんだろうね。
虫といえど魂があるのに、彼はそんなこと少しも考えていなかったんじゃないかな。

そのころは、あの体育館の脇のトイレも普通に使えていてね。
みんな、体育の授業が終わると、よく利用していたらしいよ。
そして、彼もあのトイレを使ったんだ。
その時、ふと見ると、トイレの壁を一匹のゲジゲジが、はっているじゃないか。

「気持ちわりい!」
彼は、靴で壁を蹴ると、そのゲジゲジを踏み潰してしまった。
それからだったよ、彼が一つの発見をしたのは。
あそこのトイレはね、湿気が多いのかいつもジメジメして、たくさんの虫がいたんだ。

ゲジゲジやらムカデやらナメクジやら……注意して見ると、床や壁に何匹もの虫が貼りついてるのさ。
彼は休み時間のほとんどを、そのトイレで過ごしたんだって。
虫を殺すためにね。
本当は、彼は虫が好きだったんじゃないかな。

そうでもないと、そこまでこだわりを持てないと思うよ、僕は。
それこそ、何かに取りつかれたように、トイレに入り浸っていたっていうからね。
まさに執念だよ。
彼はよく話していたそうだ。

「この世の虫を一匹残らず殺してやるっ!」
ってね。
恐ろしいよね。
僕は、けっこう虫が好きだから、ぞーっとしちゃうよ。
そのうち彼は、ただ単に虫を殺すだけじゃ物足りなくなってきてね。

それまでは、踏み潰すだけで満足していたけれど、いつまでたっても虫の数は減らない。
一日たてば、どこからかあのトイレにまた集まってくるんだからね。
そりゃそうさ。
虫なんていくらでもいるんだもの。
彼一人が頑張ったって、それこそ無駄な努力だよね。

それで、考えたんだ。
どうして虫が集まってくるのか。
虫だって、少しは知能があるはずだ。
だから、もし仲間がもっと残酷に殺されたら、虫だって怖がってここに近づかないはずだ。

そんなことを考えたんだよ。
すごい考えだよね。
僕だったら、もっと別な方法を考えるよ。
風通りをよくするとか、トイレをもっと清潔にするとかさ。
その方が、発展的だろ?

でも、彼は違った。
そして、その考え通りに実行したんだよ。
ほとんど、自己満足のためにね。
ゲジゲジやムカデの足や胴体を引きちぎるなんて当たり前。
マッチで焼いたり、得体の知れない液体をかけたり、画びょうや針で刺したり……。

何だか、そのトイレは虫たちの拷問場のようだった。
さすがに、友達もやめるように声をかけたけど、そんな言葉に耳を貸さなかった。
そして、より残酷な殺し方を研究し始めたんだよ。
でも、虫は一向に減らなかった。
彼の努力をあざ笑うように、減るどころか増えていったんだ。

死んだ仲間の死体を乗り越えて戦う戦場の兵士のようにね。
彼は戦った。
小さな虫たちを相手にたった一人で……。
「今度はこの方法を試してみよう」
彼は、漬け物石ぐらいの大きな石に、虫をたくさんセロテープで貼りつけた。
動けないようにね。

そして、それを地面にたたきつけるんだ。
虫たちは大きな石とコンクリートにサンドイッチにされて、べちゃって潰れたよ。

「どうだ! 見たか、お前ら! お前らみたいな虫は、こうして殺してやる! 早くこの世から消え失せろ!」
彼は、叫んだ。
見えない敵に向かって。

でも、虫たちは、その言葉を聞いていたんだよ。
トイレの窓際にびっしりと貼りついて、多種多様の虫たちが、彼の言葉に聞き入っていたのさ。
そして、彼の言葉に逆らうようにして、虫の数はどんどん増えていったんだ。

その増え方が異常でね。
男子トイレも女子トイレも、その被害にあったんだよ。
トイレに行くと、突然、髪の毛に上から何かポタポタと落ちてくる。
それを振り払おうと手を伸ばすと巨大なムカデが指に絡みつく。

……上を見ると、天井にはムカデがびっしり。
それから、手洗い場の水が、突然詰まってしまう。
見ると、排水口に、たくさんの虫の死骸が詰まっていたりね。
そんなことが次々と起こってさ。

女子なんか、すごかったらしいよ。
もう、絶対にあのトイレは使わないって、職員室までどなり込んだんだってさ。
そして、あのトイレはめっきりと使用者が減ったんだ。
もちろん、虫を殺し続けた彼も先生に呼び出されてね。
相当、怒られたらしいよ。

それでも彼は少しも懲りなかった。
こうして自分が先生に呼び出されて怒られるのも、全部虫が悪いんだって、虫のせいにしてね。
なお一層、戦う意志を固めたんだ。
もう、異常だよね、そこまでいくと。

そして、最後の手段に出たのさ。
どうしたと思う?
1.虫のボスを見つけようとした
2.トイレを燃やそうとした
3.想像もつかない