学校であった怖い話
>六話目(福沢玲子)
>R6

ブブーッ、はずれ。
それは、新しくうちの学校に来た先生だったのよ。

大学を出たてで、何だかさえない先生だったんだって。
髪の毛はぼさぼさで、牛乳瓶の底みたいなメガネをかけてて、小さくてずんぐりむっくりで……。
まあ、一生女性には縁がなさそうな外見だったのよ。

そうなると、運命ってのも酷なものよね。
もし私が平井さんだったら、絶対にあの占いは間違っていたんだって勝手に決めちゃうよ。
でもさ、平井さんて、外見にはこだわらなかったんだよ。
とにかく、名前とか誕生日さえ理想通りなら、ルックスも性格もどうでもよかったみたい。

私、絶対に嫌だけど。
その先生の名前は、近藤真司っていったの。
名前負けしてるよね。
名前はカッコよさそうだもん。
平井さん、胸をときめかしたみたいよ。
今までにも名前が同じ人は五人いたんだってさ。

でも、誕生日も血液型も出身地も占い通りの人はいなかった。
それでどきどきしながら聞いたの。
「……あの、近藤先生の誕生日と血液型と出身地を教えてください」
彼女は手をあわせ、神様に祈ったわ。
私、信じられないけど。

近藤先生も、最初は不思議がったんだけれどすぐに教えてくれたの。
そしたら、どう?
何と、占い通りだったのよ。
その時の平井さんの喜びようったらなかったわ。
近藤先生に後光が差したっていうんだから。

でも、何年間も捜し求めていた人と出会えたんだもんね。
本人は、幸せだったんだろうね。
それから、平井さんは近藤先生にべったりだったわ。
平井さんのことは学校中の噂になっていたから、誰も驚きはしなかった。

でも、近藤先生からしてみれば、あまりに突然じゃない。
だって、自分が平井さんと結婚する運命だったなんて、少しも知らないんだから。
困惑して当たり前よね。
でもさ、近藤先生は素直に喜ぶべきよ。
だって、平井さんてものすごい美人だったっていうから。

きれいだし、スタイルもいいし、それに運命の人には自分の一生を捧げてつくすって、みんなには宣言してたから、男性にとってはこれ以上ない存在なんじゃない?
私も男の子だったら、きっと喜んだと思うよ。
それに近藤先生じゃ、女の子のほうから声をかけてくるなんて一生待ってても無理なんだからさ。

絶対に喜ばなきゃうそだよね。
でも、近藤先生って恋愛の経験がなかったのかもしれない。
きっと、そうだよ。
あまりにきれいな人からお嫁さんにしてくださいってプロポーズされたわけでしょ。
どうしていいかわからなかったんだよ。

それで近藤先生ったらね、平井さんを避けるようになったんだって。
でも、普通はそうかもしんない。
仮にも先生と生徒の関係でしょ。
何か問題あったらまずいし、せっかく先生になれたのに、やめさせられちゃうよ。

それに、近藤先生、平井さんの話を信じていなかったし。
ま、それもわかるけどね。
夢見る女子高生が、ちょっとした気の迷いで変なことを口走ってしまう。
病気みたいなものよ。
それでその病気が治ってしまえば、けろっとしちゃうの。
何、それ? みたいな。

だから、変にその気になって真剣につきあおうとか思うと……最後に馬鹿をみたのは男のほうだった。
なーんてこともよくある話なのね。
それにさ、平井さんが近藤先生の周りをうろちょろするもんだから、近藤先生は校長先生に呼ばれちゃって。
近藤先生にしてみれば、迷惑な話かもしんないよ。

だから、平井さんのことを避けたんだね。
でもさ、それで簡単にあきらめる平井さんじゃなかったわけ。
そりゃそうよ。
何てったって、運命の人だもんね。
それに、その人と二十歳までに結ばれなかったら、死んじゃうんだから。

近藤先生が学校では会ってくれないから、住所を調べて、一人暮らししているアパートの前で待ちぶせしたんだって。
恋する女って怖いね。
それで、近藤先生も困っちゃって、ついには土下座までしたらしいよ。

「頼む! 冗談はやめてくれ。そんなに僕をいじめて楽しいのか?
君だったら、つきあいたいって男はほかにいくらでもいるだろう? もっと、君にふさわしい人を捜しなさい」
そういって、泣いて頼んだんですって。
「……先生。先生は、私のこと嫌いなんですか?」

平井さんからしてみれば、どうして自分が避けられるのかわからない。
自分がこれだけ待ち望んでいた人なんだから、当然むこうもそうであるべきだと思ったのよね。
「好きとか嫌いとかいう問題じゃないんだ。
君と僕は教師と教え子という関係なんだよ」

「どうして教師と教え子じゃだめなんですか?」
「……どうしてって。そんなの常識じゃないか。世間体もあるし、周りの目もあるしとにかくだめなんだ」
近藤先生は、何だか怖くなっちゃって。必死に頭を下げたの。
「……わかりました。じゃあ、私が学校を卒業したら、構わないんですね?」

平井さん、けっこう物分かりよかったのよね。
まあ、運命の相手だもんね。
困らせるわけにはいかないし。
高校を卒業しても、まだ二十歳までには時間もあるし。

「……あ、ああ。そうだな。君が高校をまじめに卒業してくれたら、僕もちゃんと考えるよ」
平井さんの卒業までには、まだ一年近くある。
それだけの時間があれば、彼女の気持ちも変わるだろう。
近藤先生はそう考えたの。
平井さんは、満足そうにほほえむと、右手を差しだしたの。

「……先生、約束よ。指切りして」
「……あ、ああ」
近藤先生も右手を差し出すと、小指と小指をからめて指切りをしたわ。
「指切りげんまん、うそついたら、針千本、飲ーーーます。指切った!」

それから、平井さんは、まるで今までのことがうそだったように、近藤先生に付きまとわなくなったの。
勉強にも精を出して、普通の高校生に戻ったの。
正確にいうと、普通の高校生の振りをしていたのね。
でもね、近藤先生は、決して安心したわけじゃなかったわ。

例えば、ほかの女子が近藤先生に質問とかしにいくでしょ。
するとね、平井さんが、その様子を陰からじっと見ているのよ。
ものすごい目付きでね。
先生は私のものよ。
ほかの女に手を出したら、承知しないから。

そんなことをいっている目付きだったわ。
そんなとき、ほかの先生が近藤先生に相談に来たの。
「近藤先生、ちょっと困ったことがあるんです」
「何か?」
「いやね、平井のことなんですけど……」
近藤先生は嫌な予感がしたわ。

でも、それを悟られまいとして、きわめて平常を装った。
「平井が何か?」
「先生、平井と何かあったんですか?」
「……と、いいますと?」

「とぼけないでくださいよ。平井は、高校を卒業したら、近藤先生と結婚するんだっていってますよ。それで、大学は受験しないし、就職もしないっていってるんです。あれじゃあ、進路相談なんかできやしませんよ」
「いや、あれは彼女の一時的な気の迷いで……」

「……近藤先生。平井と何かあったんじゃないですか?」
何か別の意味を含んだような言い方に、近藤先生も憤慨したわ。
「ば、馬鹿なこといわんでください! 私は、平井のことなんか何とも思っていません! 平井がどう思うが、何をいおうが、私には関係のないことです!」

机をたたくと、思わず立ち上がって怒鳴ったわ。
職員室にいた先生は、何事かと全員振り返ったわ。
その時、近藤先生は、背中に視線を感じたの。
突き刺さるような冷たい視線だったのよ。

嫌な予感がして、ゆっくり振り向くと……。
平井さんがいたわ。

職員室のドアにもたれかかるようにして、陰から冷たい視線を近藤先生に送っていたの。
そして、近藤先生と視線があうと、突然逃げだしたの。
その時の目ったらなかったわ。
憎悪に燃えるような目だったんだもん。

その時、近藤先生はどうしたと思う?
1.追いかける
2.ほかの先生たちに説明する
3.何もなかった振りを決め込む