学校であった怖い話
>七話目(荒井昭二)
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僕は、これ以上この件については触れないほうがいいと思った。
なにか、触れてしまったらとんでもないことが起きそうで、正直いって怖かった。
しかし、荒井さんは何者なんだろうか?

僕は、ボーッと二年生の教室脇の廊下を歩いていた。
「坂上!」
僕は、呼び止める声にはっとして後ろを振り返った。

「新堂さん!」
振り向くと、そこに新堂さんが立っていた。
新堂さんは、こぶしを作りながらいった。
「なんだ、お前も荒井を探しにきたのか?」
僕は新堂さんに訴えるようにいった。

「僕は、荒井さんを捜しにきたわけじゃないんです。……実は、あの会には荒井さんが来るはずじゃなかったんです。三年生の、清瀬さんという人が来るはずだったそうなんですよ。ええ、日野さんに聞きました。それで、その清瀬さんという人を尋ねてみたんですが……。何がなんだかさっぱりわからなくて」

新堂さんは、僕に近づいてくると、ため息交じりに呟いた。
「……そうか。……俺は荒井を捜したぜ」
僕は、ちょっとびっくりした。
「……えっ! ホントですか!? それで?」

さっきまでは、この件に首を突っ込まないっていっていた自分が嘘のようだ。
「……ちょっと、こっちへこい」
新堂さんは、僕を柱の陰に誘った。
そして、小声で話し始めた。
どうも、人に聞かれるとまずい話のようだった。
「うちの学校の二年に、荒井昭二なんて奴はいないみたいだぜ」

新堂さんの言葉は、僕の微かな希望を完全に打ち砕いてくれた。

「……昨日な、あれから気になって、俺はいろいろと調べたのさ。するとどうだ。あいつの話した人形の話は、どうやら本当みたいなんだ。毎年、一人は必ず犠牲になって死ぬらしい。だから、俺はあんなことをいった荒井をぶん殴ってやろうと捜したんだけどいないじゃないか。
そんな奴はうちの生徒にいなかったのさ。

……俺は、あいつの最後の言葉が気になって仕方ないんだ。俺たちの誰かが、今年の生けにえになる。
そんなことをいった奴が、この世に実在しない奴だったなんて、気味悪くねえか? ……おい、坂上。俺の話、聞いてるのか?」
僕は、それどころじゃなかった。

新堂さんの後ろに見える、物体。
それは、間違いなく人形だった。
茶色い顔をした、等身大ほどの大きさの人形が、教室の窓から、僕のことをじっと見ていた。

「どこ、見てんだよ、坂上?」
新堂さんは、僕の視線が気になって振り返った。
けれど、新堂さんにそいつは見えないらしく、辺りをきょろきょろ捜すばかりだった。
「どうしたんだよ、坂上!」

新堂さんに揺すられたとき、もう人形はいなくなっていた。
「……なんでもありません。新堂さんの話を聞いて、ちょっと気分が悪くなっただけです」
新堂さんは、僕の言葉を信じてくれたようだ。

「そうか。気をつけろよ。とにかく、あいつのいった言葉なんか信じないことだ。学校には、これだけの生徒がいるんだぜ。別に、俺たちの誰かが生けにえになるなんてことあるわけないさ」
それは、僕にいっているのじゃなく新堂さんが自分に言い聞かせている言葉のように思えた。

それだけいうと、新堂さんは僕の肩をたたいて去っていった。
……それからだった。
僕が、よく人形を見るようになったのは。

茶色い顔の大きな目をした等身大の人形。
荒井さんの話とはかなり違っていたけれど、見る人によって容姿は異なるといっていたから、きっと、今僕の目の前にいる人形がそうなんだ。
人形は、さっきから僕の部屋の片隅で、じっとたたずんでいる。

最初は、学校でしか見かけなかった人形も、今は僕の家にまで来るようになった。
そして、僕の人形を見る回数も、日増しに増えていった。
きっと、このままいけば、人形は片時も僕の側から離れなくなり、僕を取り殺してしまうんだ。

人形を見る回数が増えるたびに、僕自身が無気力になっていくのがわかった。
人形に少しずつ生気を奪われていくような気がしてならない。
無駄な抵抗だとわかっていても、人形と戦おうとしたころの自分が懐かしい。
けれどそんなことをしても無駄だ。

人形に、触ることはできないのだ。
僕が、人形に触れようとすると、あいつは途端に消え、また別の場所に現れる。
無表情のくせに、まるで僕をあざ笑っているようだった。

学校はとっくに終わり、夏休みに入っていた。
僕は、いつまで生きていられるのだろうか。
あんな企画など引き受けなければよかったと日野さんを恨んだのも、もう昔の話だ。

今は、もう誰も恨む気にならない。
荒井という存在が何者だったのかさえ、僕にとってはもう興味がなくなってきていた。
このまま、僕は死んでしまうのか?

まだかろうじて残っている気力というものに、少しは頼ってみるか?
1.このまま死ぬのをおとなしくまとう
2.出来る限り、人形と心を通わしてみよう
3.誰かに相談してみよう
4.もう一度学校に行ってみよう
5.何をしても無駄な努力だ