晦−つきこもり
>二話目(鈴木由香里)
>E8

恐ろしいことに、その通りなんだ。
カチカチ山で、お婆さんに化けた狸も、瓜子姫に化けた天の邪鬼も、本物のお婆さんや、瓜子姫を殺して入れ代わってるじゃん。
魔女は、この屋敷に花嫁が来る時を見計らって、彼女と入れ代わったのさ。

魔女の作ったスープに、本物の花嫁が煮込まれてたかどうかは、わかんないけどね。
知らない?
カチカチ山の狸って、狸汁の代わりにお婆さんを煮て食べちゃうじゃん。

昔話と違ってさぁ、魔女は化けるのも得意だろうから、誰も気付かなかったんだよ。
こうして魔女は、いとも簡単に、長男の嫁として堂々と、屋敷内に入り込むことに成功したんだ。

その後は、着々と自分の勢力を広げ、私がよっちゃん屋敷に来た時には、魔女の息のかかってないのは、家長の婆さんだけっていう状態だったよ。
その婆さんも、体調を崩して、寝たり起きたりを繰り返してた。

魔女は、婆さんの身の回りを甲斐甲斐しく世話する振りをしながら、次期、女主人の座を虎視眈眈と狙ってたの。
世話っていったって、一日一回、顔を見るか見ないかだったけどさ。
ま、婆さんの看護で忙しいからって理由で、私が呼ばれたんだろうけど、実際、私の仕事なんて、ほとんどなかったんだ。

あれは、ほとんど周囲への見栄だね。
だってさ、よっちゃんて一日のほとんどを、死んだように眠ってるだけだったもん。
眠ったら最後、軽ーく十時間は起きないし、寝返り一つしないんだよ。
起きてる時だって、一人でおとなしく遊んでたし。

よっちゃんも、魔女の血を引いた子だからさぁ。
それなりに、独特な雰囲気っていうのを持ってた。
私の存在なんて、眼中に入ってなかったんじゃん?
そんなわけで、私は一日中、暇をもてあましてたのさ。

だからって、遊んでるわけにもいかないじゃん。
なんてったって、欲深ーい魔女の目が、光ってるんだからさ。
その魔女の欲が、さらに有象無象のマイナスの想念を呼んで、よっちゃん屋敷は、どろどろした欲望の渦に、呑み込まれようとしてたよ。

古くから屋敷にいて、家を守って来た幽霊や、妖怪たちが姿を消し、代わりにグロテスクで、まがまがしい妖気を放つ化け物たちが、目立つようになってたなぁ。

体中に無数の目玉を持つもの、梁の上からドロリと落ちてくる緑色のアメーバみたいなもの、キィキィ鳴きながら廊下を飛び回る黒い影、髪を振り乱しながら部屋から部屋へ駆け抜けていく鬼女。
……数え上げてたら、本当にきりがないよ。

そいつらは、昼夜問わず現れ、屋敷内を我が物顔で徘徊するんだよ。
自分たちが、ここにいるのは当然の権利だ!
……みたいな顔しちゃってさ。

まったく、何様のつもりかしらね。
あーーーっ、今、思い出しても腹が立つ!
あの頃の私って、ただ逃げるばっかりだったからさ。
今だったら、蹴りの一発でもくれてやるのに!

そんな恐ろしい、化け物だらけの屋敷内で、私の唯一の避難場所が、例の婆さんの部屋だったんだ。
あの部屋だけは、化け物も入って来れなかったし、あの魔女ですら、長居するのを嫌がってた。
化け物を見て脅える私に、婆さんは静かにこういったよ。

「ここは結界の中だからね、あれは入ってこれないんじゃよ」
って。
彼女にも、魔女の正体がわかってたんだね。
私が、よっちゃん屋敷にいた一ヶ月ちょっとの間、婆さんの体調は、どんどん悪くなる一方だった。

婆さんは、布団から起き上がることすら、ままならなくなっても、
「本当に、呪われた母子じゃ」
って、うわ言のように繰り返してたよ。
私の契約期間が終わり、自分の家に戻った後も、何度となく、彼女に連絡を取ろうとしたんだけどさ。

その度に、
『病状が悪化するから手紙をよこさないでくれ』
っていう、あの憎らしい魔女の冷たい返事が、返ってくるばかりだったんだ。

今にも消えそうな風前の灯に見えた婆さんの命は、最後の抵抗を見せるかのごとく細々と燃え続け、私がよっちゃん屋敷を離れてから二年が過ぎようかっていう頃に、やっと静かな眠りについたんだって。

一応、連絡はあったんだけど、簡単で事務的な文章だったよ。
しかも、届いたのは、お通夜もお葬式も終わった後。
よっぽど、私を呼びたくなかったんだね。
彼女の死に、知られたくない秘密でもあるんじゃん?

馬鹿だよね。
隠したってしょうがないのに。
遅かれ、早かれ、その日が来ることは、わかってたんだからさ。
その年の五月。
よっちゃん屋敷では、盛大な節句が行われたんだ。
よっちゃんの、五歳の節句だって。

わざわざ、招待状が送られてきたんだよ。
せっかくのお誘いだからさぁ。
婆さんの墓参りも兼ねて、私は、再びよっちゃん屋敷を訪れたのさ。
予想はしてたけど、よっちゃん屋敷は、もう、人間の住む所じゃなくなってたよ。

ああいうのを、魔物の巣っていうんだね。
醜悪極まりない魔物たちの中央に、例の魔女とよっちゃんが、偉そうに座ってたよ。
その二人の姿を見た瞬間に、私は、あらためて確信したんだ。
この家は、絶対につぶれるって。

先祖から伝えられた屋敷や土地、多くの蔵書や家法の数々……。
すべて跡形もなく失うことになるって。
事実、その節句の時に見た、倉の中は空っぽだったもん。
前に見た時は、たくさんの箱や包みが、所狭しと納められてたのにさ。

全部、あの魔女が売っ払ったに違いないね。
まぁ、見栄っ張りで欲深いっていったら、たいていは、浪費家に決まってるもんだよ。
こうやって、よっちゃん屋敷の先祖代々の財産は、みんな魔女とその子供、よっちゃんが食い尽くしちゃうのさ。

よっちゃんが大人になるまで、財力が続くとは、とうてい思えないけどね。
魔女の策略は、その血を引く、呪われた子が生まれたことによって、ひとまず成功してたっていえるんじゃないかなぁ。
魔女の息子は、すくすくと育ってるみたいだし。

……婆さんの目には、この母子が、どういう風に見えてたんだろうね。
私の目から見ても、この二人は、確かに呪われてたよ。
背後に、黒い影がうごめいて見えたからね。
その黒い影に、母子が呪われてるっていう、ヒントが隠されてたんだけど。

……ねぇ、葉子。
この、よっちゃんと魔女が、呪われたわけ。
何だと思う?
1.彼女の祖先にまつわるもの
2.前世の因縁
3.呪われてなんかいない